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ノーベル賞・大村智さん、山梨の生家が国文化財に 「喜ばしい」

国の有形文化財に登録されることになった生家で取材に応じる大村智さん。左が主屋、右が土蔵=15日、山梨県韮崎市神山町鍋山(渡辺浩撮影)
国の有形文化財に登録されることになった生家で取材に応じる大村智さん。左が主屋、右が土蔵=15日、山梨県韮崎市神山町鍋山(渡辺浩撮影)

 2015年にノーベル医学・生理学賞を受賞した北里大特別栄誉教授の大村智さん(84)の生家である「大村家住宅」(山梨県韮崎市神山町鍋山)の主屋(おもや)と土蔵が国の有形文化財に登録されることになった。大村さんは15日、生家で産経新聞の取材に応じ、「歴史を受け継ぐ建物なので喜ばしい」と語った。

 国の文化審議会が同日、登録有形文化財(建造物)とするよう萩生田光一文部科学相に答申。近く登録される。登録有形文化財(建造物)は県内で142件目。韮崎市では初めて。

 文化庁によると、主屋は明治40年ごろ、土蔵は大正5年ごろの建築で、後に改修され、いずれも切妻造、桟瓦葺(さんがわら)の屋根。審議会は農村地域の歴史的景観に寄与していると評価した。

 大村さんが育ったころは養蚕が営まれ、昭和33年に山梨大を卒業するまでこの家で過ごした。大村さんは5人きょうだい。「家全体が養蚕の作業場で、寝る場所にも困ったが、きょうだい全員が大学に行けたのは養蚕の収入のおかげ」と振り返った。

 土蔵の2階は当初、米倉だったが、戦時中に疎開者を受け入れるために座敷に改修した。大村さんは、そこで弟の泰三さん(開智学園理事)らと勉強したのが懐かしいという。「庭でキャッチボールしたのも思い出」と話す。

 60年ごろから北里大の学生の勉強会などに利用した。大村さんが「蛍雪寮」と名付け、今も玄関に看板が掲げられている。その後は一時、シェアハウスとして利用され、今は民間団体が講座などの会場として使っている。

 市などは、周辺を公園地区として整備する構想を検討している。今後の活用について、大村さんは「建物が残っていれば昔のことを学べる。都会の人が農家の建物で勉強する場にしてほしい」と期待した。

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