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「瀧本哲史を偲ぶ会」を振り返って(上) 武田隆氏

 私が瀧本と出会ったのは、1999年、彼の投資家としての1号案件、ホットリンク社(2013年・東証マザーズ上場)の内山幸樹社長に呼ばれて参加した企画会議の席上であった。瀧本は、頭の早さに口の動きが追いつかない独特の話し方をした。発する言葉はどれも本質的で辛辣(しんらつ)だった。知性とエネルギーが爆発したようなこの人物に一瞬で魅了された。当時、学生ベンチャーとして起業したばかりの私は、自分にもアドバイスをもらえないだろうかと打診した。ちょうど2号案件を探していたところだったのだろうか。ふたつ返事であった。この時から20年に渡り、瀧本は私の会社の軍師として、社外取締役として、また、株主として支援を続けた。

 その小さな恩返しとして、茜さんのイメージを実現するべく、当社が偲ぶ会の事務局を担当させて頂くことになった。

 以下、当日の偲ぶ会の様子をレポートする。

 茜さんの冒頭挨拶に続いて、東京大学名誉教授、内田貴先生が登壇した。

 先生は、瀧本が東大で民法を学んだ担当教授であり、卒業後、東大法学部助手に採用された際の指導教授だった。

東京大学名誉教授、内田貴氏
東京大学名誉教授、内田貴氏
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 瀧本が20歳のときに受けた先生の授業は、ソクラテス・メソッドと呼ばれるハードな討論型の講義で、「教師もろとも論破してやろう」という積極的な姿勢を学生に望んだが、とりわけ瀧本は辛辣な論調で挑んできたという思い出をうれしそうに語った。また、内田先生が法務省の参与に就任された折、寒々しかった参与室の床に合う赤いカーペットを瀧本がプレゼントしたという逸話も飛び出した。

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