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反日ゲリラに父殺されたフィリピン残留2世に日本国籍

就籍が認められたフィリピン残留2世のホセフィナ・イワオさん=10月28日(橋本昌宗撮影)
就籍が認められたフィリピン残留2世のホセフィナ・イワオさん=10月28日(橋本昌宗撮影)

 戦前にフィリピンへ渡った日本人移民の2世らが戦後の混乱により無国籍状態になっている問題で、日本政府の救済を求める代表団として10月に来日したホセフィナ・イワオさん(82)について、大分家裁杵築支部が、父親の戸籍に記載する「就籍」を許可した。近く日本国籍を取得できる見通し。

 残留2世を支援するNPO法人「フィリピン日系人リーガルサポートセンター(PNLSC)」によると、就籍の許可は11月1日付。就籍できた残留2世はこれで240人になったが、今も1000人以上が無国籍状態のまま日本国籍取得を願っている。

 ホセフィナさんは1937年、米国の植民地だったフィリピンの西部にあるパラワン島で、日本人の父、岩尾久衛(きゅうえ)さんとフィリピン人の母の間に生まれた。

 久衛さんは「近所の困っている人をいつも助けてあげていて、『ティオ・イワオ(イワオおじさん)』と呼ばれ慕われていた」(ホセフィナさん)が、日米開戦翌年の42年、地元の反日ゲリラらに殺害された。

 残されたホセフィナさんらは身に危険が及ばないよう山中を転々とし、終戦後も「日本人の子供は殺すべきだ」という機運が高まるたびに逃げることを余儀なくされたため、十分な教育も受けられなかった。

 父親が日本人だということも隠して生きてきたが、反日感情が薄れてから父の身元探しを始め、PNLSCに依頼。ホセフィナさんの洗礼証明書などから、久衛さんが大分県出身だと判明していた。

 ホセフィナさんはPNLSCを通じ「喜びをなんと表現していいかわからない。フィリピンに残されたほかの日本人の子たちも、日本政府から日本人だと認められるように祈っています」とコメントした。

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