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【本郷和人の日本史ナナメ読み】小笠原氏の軌跡(上) 信濃の「おいしい所」取った名族

 平賀氏の動向に触れたのは、どうやら没落した同氏が残した遺産の、おいしいところを持っていったのが長清らしいから。平賀氏の本領は家名ともなっている信濃国の平賀郷、今の軽井沢一帯ですが、ここはともかく生産力がずば抜けていた。もしかすると大和朝廷の時代以前から開発されていて今でも自然食の宝庫だし、そこまで古く遡(さかのぼ)らなくても名馬の産地として有名(望月の駒、は超一流のブランド品)で、武士の本拠にはうってつけ。この地に立てられた伴野(ともの)荘は、南北朝時代の資料によると何と8千貫もの年貢を納めることができた。平均的な御家人の所領は200貫くらい。伴野荘のけた違いぶりが分かるでしょう。これを譲り受けたのが、小笠原一族だったようです。(次週に続く)

■源頼朝との距離で決まった幕府序列

 源頼朝は鎌倉幕府の序列として、(1)将軍とその家族(2)源氏一門(3)家の子(4)一般の御家人-というふうに定めたもようである。(3)の家の子というのは、頼朝に近しく仕えたいわゆる親衛隊でエリート御家人。有力御家人の子弟から選抜されていて、その首座が北条時政の子の義時ということになる。また本文で触れたように、(2)の首座は初め平賀氏だったが、平賀氏が滅びた後は、一貫して足利氏が務めた。

【プロフィル】本郷和人

ほんごう・かずと 東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

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