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「明美ちゃん基金」生みの親 東京女子医大・榊原仟医師、貫いた「人間愛」

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 東京帝国大(現東大)にいた榊原医師が東京女子医学専門学校(現東京女子医大)の教授として招かれたのは終戦から4年後の昭和24年7月。戦時中の空襲で建物は破壊され、研究室に試験管が数本しかない中でのスタートだった。

 日本初の心臓手術を行ったのは、それからわずか2年後の26年5月。生後間もなく塞がるはずの動脈管が塞がっていない「動脈管開存症」の手術だった。今でこそ技術が確立された一般的な手術だが、当時は教科書もなければ指導医もいない。海外の文献があるだけの手探り状態だった。

 その後も、次々と新しい手術やアイデアを実現、人々の命を救っていき、心臓手術のパイオニアとしての地位を確立していく。

 明美ちゃん基金も、榊原医師が生み出した「命を救う手段」の一つだ。

◆同じ境遇の子に

 心室中隔欠損症を患い、手術をしなければ助からないが、貧しい農家であるがゆえに手術費が払えない-。そんな鹿児島県の5歳の少女、伊瀬知(いせち)明美ちゃんを産経新聞で紹介したところ、多額の善意が寄せられた。榊原医師は明美ちゃんへの手術を約束するとともに、集まった善意を明美ちゃんと同じ境遇にあるほかの子供に活用していくことを提案したという。

 「(手術費を捻出できない)若い夫婦が苦しんでいるのを目の当たりに見て、胸が痛むこともしばしばあった」。榊原医師は当時、こうコメントしている。

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