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【話の肖像画】元厚生労働事務次官・村木厚子(63)(6) 支援者が支えた拘置所生活

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平成6年ごろ、家族旅行で訪れた静岡・伊豆にて
平成6年ごろ、家族旅行で訪れた静岡・伊豆にて

 〈拘置所生活は164日間に及んだ〉

 長い廊下の真ん中に部屋があり、向かい側に見張りの刑務官が立っていた。カメラも付いていて、よく考えると、自殺を心配されていたと思うんです。トイレでも顔が見えるようになっていたり、寝転がれないルールがあったりして、非常にプライバシーを侵害され、自由が制約された生活だなというのはありました。

 入所直後に刑務官から「泣いている暇はありませんよ。これから検察官と戦うんでしょ」と言われたのは本当にびっくりしましたね。よく観察し、落ち込んでいないかということも見ていた。しばらくしてやせたんですけど、カロリー計算された場所なので、単純に体重が落ちたんです。ある日、風呂に入るのに服を脱いだら、「やせたね。2キロ」と言うんです。入浴後に体重を量ったら、ぴったり2キロやせていた。

 高校3年だった次女は夏休みにウイークリーマンションを借り、毎朝面会に来て、その後に予備校に通っていた。刑務官が2人のばか話を聞いていて、笑いをこらえているのが分かるんですよ。支援グループができたのも恵まれていた。夫がリストを作り、この日は家族、職場、ここは空いているから行ける人はいるか、というように、必ず誰かに毎日会えるようにしてくれていたらしい。

 〈保釈は4回目の請求で認められた〉

 意識的に、望みをかけてがっかりしないと決めていました。一喜一憂してもしようがない。検察側の反対理由で面白かったのが、「保釈されたらまたマスコミに追いかけられる。だから逃亡の恐れがある」というもの。どこに逃亡するんでしょう。受験生の娘もいるのに。何とでも言うんだな、と思いましたけどね。

 実は、入所1日目に爆睡したんですよ。取り調べが午後10時とか11時まであって、就寝時間の9時を過ぎて自分の部屋に戻ってきた。建物全体がすごい静かで、ここまではマスコミも追いかけて来られないんだと思ったら、安心して眠れました。のんきですよね。

 マスコミに追いかけられた記憶って、一連の出来事の中で最もトラウマになっている。物理的に暴力的な取材があるじゃないですか。役所の関係者しか入れないエリアに潜んでいたり、家に押しかけてきたり、未成年の子供にも取材することもあり、さすがに参っていました。

 事件の後、ある記者に「村木さんは強いですね」と言われたので、逆取材したんですよ。「取材していて、どういうときに頑張れなくなるんですか」と。「1人去り、2人去り、誰もいなくなると、もうどうでもいいやという気持ちになる」と言っていましたね。あとは「食べられない、眠れないとなったらアウトです」とも。それは印象に残っている。私にはそれがなかったから頑張れました。(聞き手 伊藤真呂武)

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