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【話の肖像画】元厚生労働事務次官・村木厚子(63)(2)女性が社会で育つためには

 〈旧労働省に入った昭和53年は男女雇用機会均等法の施行前。平等が建前の国家公務員もキャリア採用の女性は2~3%で、入省直後はお茶くみも経験した〉

 女性の先輩は同期の男性より昇進が1~3年遅くても我慢していた時代。私の世代ぐらいから昇進のスピードは変わらなくなったけど、予算や人事権を持ったポストにはなかなか就かせてもらえなかった。それでも旧労働省だけは女性を毎年採用していて、女性の先輩たちはとても面倒見が良かった。

 女性が組織のリーダーになり、育っていくのは、女性が少ない時期は難しい。ただ、女性の先輩たちが自分のために「差別されている」と訴えているのは見たことがない。一方で後輩の状況はよく見てくれていて「昇進が遅れてるんじゃないの?」「ちゃんと育てている?」ということを人事や幹部に伝えてくれた。

 最近流行の行動経済学で、「ワークデザイン」(イリス・ボネット著)という本に、「女性は自己主張すると嫌われやすい」が「自分のためにではなく、組織のため、みんなのためにこうした方がいいと合理的に説明できるか、あるいは人のために一生懸命言ってあげる」と受け入れられると書いてある。40年前、30年前に先輩たちがやっていたことそのものなんです。

 〈霞が関で女性の事務次官は2人目だった。部下や後輩にも、昇進の話は必ず受けるように言い続けてきた〉

 昇進は階段を上ることで、身長は変わらないのに遠くまで見えるようになる。オファーがあったということは客観的に力がついたということ。私自身も性格的にはナンバー2って結構好きなんですよ。だから、事務方トップの次官になるときに「次は君だ」と言われ、後ずさりしそうになった。でも断ったら、嘘つきになると思い、黙って受けた。それまで面白い政策をやらせてもらい、人生はよくできたもので、最後にマネジメントの苦労を取っておいたのかと思いました。(聞き手 伊藤真呂武)

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