PR

ライフ ライフ

【古典個展】ノーベル賞に祝詩を贈る 大阪大名誉教授・加地伸行

電池の模型を手に笑顔の旭化成の吉野彰名誉フェロー=9日午後、東京都千代田区(古厩正樹撮影)
電池の模型を手に笑顔の旭化成の吉野彰名誉フェロー=9日午後、東京都千代田区(古厩正樹撮影)

 10月、日本文化における最大ニュースは、吉野彰(あきら)氏のノーベル化学賞の受賞。大賀大賀。

 老生、諸新聞の紹介を読んで同氏の業績の柱を耳学問でなんとか朧気(おぼろげ)に理解した。

 要するに、長時間の電力使用が可能となる新電池の開発・小型化に成功。もちろん、使用と逆の、長時間蓄電方式も開発。

 それは電気のもとである電子の自由自在化に成功という大業績とのこと。しかも吉野式電池によって有効な蓄電を可能にし、発電に要する石油の使用量が減り、環境汚染への有力対策にもなってゆくとのこと。

 これは人類の平和と幸福とに寄与する研究の表彰というノーベル賞の目的に合致している。

 しかも、今回の受賞は基礎理論研究ではなくて、応用開発研究に対するものであった。

 分かりやすく言えば、大学の学部としてみると、理学部系(基礎理論研究中心)でなくて、工学部系(応用開発研究中心)。その後者のノーベル賞受賞者の代表格は田中耕一氏、今回の吉野氏も同様。その2人とも民間会社員。反対に、同賞受賞者の基礎理論系は圧倒的に国立大学教員(公務員)。いわば〈官と民と〉の2種。

 しかし、今の時代、官だの民だのと言うのは時代遅れ。最も求められているのは優秀な研究者なのである。積極的に〈民〉の中の優秀な研究者を高く評価し抜擢(ばってき)してゆくべきであろう。

 などと思った老生、ふっと頭に浮かんだのは、「野(や)に遺賢(いけん)無からしむ」(『書経』大禹謨(だいうぼ))という名句であった。

 こういう意味。民間(野)の優れた人材(賢)を野に残したまま(遺す)であってはならない。どんどん表舞台(官)に抜擢することだ。それができないのは劣った社会である。

続きを読む

関連トピックス

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ