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【話の肖像画】映画監督・是枝裕和(57)(8)つらかったAD時代

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女優の加藤治子(2列目、着物の女性)を囲んで、テレビマンユニオンの同僚らと記念撮影(2列目左端)
女優の加藤治子(2列目、着物の女性)を囲んで、テレビマンユニオンの同僚らと記念撮影(2列目左端)

 〈昭和62年、早稲田大学を卒業し、テレビマンユニオンに就職した〉

 最初は、AD(アシスタントディレクター)として「アメリカ横断ウルトラクイズ」や「そこが知りたい」という情報番組、「遠くへ行きたい」という旅番組をやっていました。それからクイズ番組「世界ふしぎ発見!」も担当して、スタジオで「ヒトシくん人形」をお盆の上に並べるようなアシスタントもしていた。

 毎日がつらかったですね。もう毎日辞めたいと思っていました。とくに、ある番組の現場がひどくて。パワハラ(パワーハラスメント)というか、怒鳴ったり、殴ったりするんですよ。僕の友人も殴られて辞めていきました。生意気にもプロデューサーにそのことを告げて改善を求めたんだけれど、「駄目なやつは殴られて当然」という時代でしたし…。まあ、自分自身も全く役に立たないのは正直自覚してました。

 2年目からは自分で仕事を選べるんだという建前で入社しているので、1年目が終わり、そのプロデューサーから、「君には引き続き、僕の番組をやってもらうから」と言われたときは、「いや、いや、僕はあなたとはやるつもりはないので」と固辞しました。そうしたら「誰のおかげで飯が食えていると思っているんだ」と言われて、「別にあなたに食わしてもらっているつもりはありません」と、売り言葉に買い言葉みたいになっちゃったんです。

 それで、「じゃ、おまえ自分で飯が食えると思っているんだったら、自分で仕事取ってこい」と言われて、「そうするつもりです」って言い返して。入社1年目でケンカしちゃった僕を、みんなが敬遠するんです。その上、まだ自分で仕事を取ってこられるわけもなく、だから結局、会社に行かなくなっちゃったんです。

 〈自宅で映画「ワンダフルライフ」(平成10年)の元となる脚本を書き上げ、テレビシナリオコンクールで奨励賞を受賞した〉

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