PR

ライフ ライフ

歴史伝える「即位礼正殿の儀」

 皇居・宮殿で22日に行われる「即位礼正殿の儀」は、天皇の国事行為である「即位の礼」の中心儀式だ。国内外の代表が参列する中、天皇陛下が即位を公に宣言されるが、その場は、皇室の長い歴史を伝える装束や調度品で華やかに彩られる。伝統の品々の由来や特徴、見どころをまとめた。

即位礼正殿の儀イメージ

皇室の伝統 最新技術でみせる

 上皇さまの譲位により、5月1日に第126代天皇に即位された天皇陛下。即位当日にも儀式はあったが、皇位継承から約半年を経て、いよいよ即位礼正殿の儀に臨まれる。儀式は、皇室の伝統に根ざしながら、現代的な工夫も取り入れられて挙行される。

 儀式が行われるのは宮殿で最も格式の高い「松の間」。

 束帯や十二単(ひとえ)を着用した皇族方が並ばれ、三権の長らも定められた位置につくと、午後1時、黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)に身を包んだ陛下が、歴代天皇に伝わる三種の神器のうち天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)の複製品と八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)、公務で使われる天皇の印章「御璽(ぎょじ)」、国の印章「国璽(こくじ)」とともに、「高御座(たかみくら)」と呼ばれる玉座に昇段される。

 続いて、十二単姿の皇后さまも「御帳台(みちょうだい)」と呼ばれる御座に昇られる。

 陛下が高御座から即位を宣言する「お言葉」を述べられた後、安倍晋三首相がお祝いの「寿詞(よごと)」を述べて万歳三唱し、参列者も唱和。儀式は約30分で終了する。

 松の間の前には、昭和まで即位式が行われた京都御所の正殿「紫宸殿(ししんでん)」を模して、18段の大階段が設置され、中庭に皇室の歴史を感じさせる調度品が並ぶ。両側に色鮮やかな、のぼり旗が計26本立つほか、伝統楽器が飾られ、古装束姿の職員らが参列する。

 宮殿内には、約2千人の賓客が両陛下の姿を見られるように、大小のモニター30台が設置される。モニターは薄型となり、平成のときより15台増えた。

 宮内庁幹部は「最新の映像技術で、両陛下の姿を詳しくみてもらいたい」と話している。

漆芸、金工…匠の技輝く高御座

 即位礼正殿の儀で、陛下が昇られる高御座は、遅くとも奈良時代から即位式で使われていたとされる。平安以降の資料や江戸時代の絵図が残っており、明治42年に制定された「登極令(とうきょくれい)」の附式には高御座の形状が詳しく規定された。現在のものは、皇后さまの「御帳台」とともに、大正2年に復元されたものだ。

「即位礼正殿の儀」で使われる「高御座」(左)と「御帳台」=19日、皇居・宮殿「松の間」 (代表撮影)
「即位礼正殿の儀」で使われる「高御座」(左)と「御帳台」=19日、皇居・宮殿「松の間」 (代表撮影)
その他の写真を見る(1/3枚)

 天蓋(てんがい)もある高御座の高さは約6・5メートル、重さ約8トン。御帳台とあわせて、約3千の部品からなる。麒麟(きりん)や鳳凰(ほうおう)が描かれた台座の上に、八角形の床板を2段に重ね、周囲を朱色の欄干(らんかん)がめぐらされている。八角形の天蓋の頂上と外周に飾られた計9羽の鳳凰が金色に輝く。

 平成の即位の礼の後、宮内庁は高御座と御帳台を解体して、京都御所の紫宸殿で保管してきたが、昨年9月、再び京都から皇居内へ陸送。前回から約30年が経過し、漆塗りの木材は色あせ、金具にも劣化が見られたため、宮内庁は希少な国産漆や純度の高い金箔(きんぱく)を用いて修復。改めて松の間に組み立てられたものは、鏡のような光沢を放つまでに仕上がった。

 高御座をめぐっては、天孫降臨神話を想起させるという理由から、国事行為の即位礼正殿の儀に使うことに批判的な声も一部にある。平成の際には過激派の攻撃対象となり、京都から皇居への輸送に陸上自衛隊のヘリが使われた。

 だが、高御座は皇室の伝統文化に根ざした調度品でもある。修復には国内トップ級の職人らが携わり、漆芸や金工など伝統工芸を継承する機会にもなっている。

 平成の修復に参加した漆芸作家の田口義明さん(61)は「輪島塗の技術を習得した人や歴史的建造物に関わる先輩職人の技を間近で学べる貴重な場だった」と振り返り、「儀式では、匠の技が凝縮した高御座にも注目してほしい」と話している。

皇族方、お立場で異なる装束

 5月の皇位継承儀式が洋装だったのに対し、即位礼正殿の儀では天皇、皇后両陛下、多くの皇族方が束帯、十二単という平安調の装束姿で臨まれる。お立場により生地の色に違いがあることも見どころの一つだ。

平成の即位礼正殿の儀で、儀式を終えて退出される黄櫨染御袍の束帯姿の上皇さまと、十二単姿の上皇后さま =平成2年11月12日
平成の即位礼正殿の儀で、儀式を終えて退出される黄櫨染御袍の束帯姿の上皇さまと、十二単姿の上皇后さま =平成2年11月12日
その他の写真を見る(2/3枚)

 天皇陛下の「黄櫨染御袍(こうろぜんのごほう)」は、平安時代、嵯峨天皇が天子の御服と定めて以来、天皇のみが着用できる色の装束として伝わってきた。即位礼正殿の儀だけでなく、宮中祭祀(さいし)でも身につけられる。頭にかぶられる「立纓(りゅうえい)の御冠(おんかんむり)」も天皇を象徴する冠だ。

 皇嗣(こうし)秋篠宮さまは皇太子の装束である「黄丹袍(おうにのほう)」を着用される。「昇る朝日の色」ともいわれ、儀式では陛下から譲り受けた歴代皇太子に伝わる「豊後国行平御太刀(ぶんごのくにゆきひらおんたち)」を携えられる。

 皇后さまをはじめとする女性皇族方は「五衣(いつつぎぬ)・唐衣(からぎぬ)・裳(も)」という、いわゆる十二単を身につけられる。十二単のご着用は即位儀礼とご結婚の際に限られるため、女性皇族方にとっても貴重な機会だ。既婚と未婚で長袴の色が異なるという。

 そのほか、宮内庁幹部や中庭に整列する職員らも古装束を身につける。

 こうした和様装束を天皇が即位式で着用するようになったのは、実は比較的新しく、明治天皇以降のことだ。江戸時代までの長い期間、即位式は中国文化を色濃く反映した古代からの形式がそのまま受け継がれていたため、「礼服(らいふく)」という中国風の装束や冠が用いられていた。

 皇室文化に詳しい京都産業大名誉教授の所功氏(77)は「束帯や十二単は日本の風土に合わせて発展してきた独自の装束。王政復古を目指した明治維新を機に中国風から和風装束となったのは長い皇室の歴史の中でも大変革だった」と話す。

 また、今回は高齢の皇族方に配慮して、洋装も可能とする柔軟な対応が取られた。

荘厳・壮麗 儀式彩る「和の色」

 「式全体が荘厳に行われ、特にカラーコンビネーションがすばらしく壮麗であった」

 平成の即位礼正殿の儀に招かれたデンマークのマルグレーテ女王夫妻が当時、そう語ったように、儀式は威容と厳粛さを醸し出す調度品や参列者で彩られる。

 中庭に並ぶ、「旛(ばん)」と呼ばれるのぼり旗は奈良時代には朝廷の儀式に用いられたとされ、装束と同様、中国風のものが長く使われた。江戸時代の即位式を描いた絵図には、青龍、白虎などの四神の旛も見られたが、明治以降は姿を消し、日本風に改められた。

平成の即位礼正殿の儀でも、旛や古装束の者たちが儀式を彩った =平成2年11月12日
平成の即位礼正殿の儀でも、旛や古装束の者たちが儀式を彩った =平成2年11月12日
その他の写真を見る(3/3枚)

 中央に2本掲げられる最も大きい「萬歳(ばんざい)旛」には、時の首相が揮毫(きごう)した「萬歳」の文字が刺繍(ししゅう)される。平成では海部俊樹首相が、今回は安倍晋三首相が担当した。

 金糸で太陽を刺繍した赤地錦の旛と、銀糸で月を刺繍した白地錦の旛の他に、皇室を象徴する菊花章の入った大錦旛2本と、五色(青・黄・赤・白・紫)の中錦旛、小錦旛が左右に林立する。

 庭上には、装束姿の職員が総勢78人控える。ひときわ威厳を放つのは、帯剣し弓矢を持った武官装束の「威儀(いぎ)の者」だ。束帯に身を包んだ文官姿の職員も「太刀」や「桙(ほこ)」「楯(たて)」などを捧持する。これらの役は宮内庁や内閣府などの職員が担当する。

 参列者に起立、着席や敬礼の合図を送る伝統楽器「鉦(しょう)」や「鼓(こ)」が左右に6基ずつ飾られる。扱うのは宮内庁で雅楽を伝える楽部の職員だ。皇宮警察官も刀を携え、弓をもった「衛門(えもん)」の役目を担う。

 職員の装束も黒のほかに、赤系の緋(ひ)色、青系の縹(はなだ)色と3種あり、旛とともに庭上を美しく彩る。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ