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【話の肖像画】映画監督・是枝裕和(57)(5)小説家目指した青年時代

 最初は「新潮文庫の100冊」とかをとりあえず全部読破する感じですよね。中学時代はせいぜいそんなものです。今考えるとよく小説家になりたい、なんて言っていたもんだなあと思います。

 〈昭和57年、小説家を目指して、早稲田大学第一文学部に入学〉

 この頃、脚本の面白さに気づいて、シナリオ講座に通いました。「YMCAシナリオ講座」というのが高田馬場にあって、新藤兼人さん(映画監督、脚本家)が塾長で、石堂淑朗さん(脚本家)が主任講師だったけど、長続きしなかった。僕は誰かに付いて学ぶというのが基本的にダメなんですよ。師匠に付くのがダメなんです。師匠を持つのが嫌というのではなく、なじまないんですよね。

 大学1、2年生のころ、「倉本聰コレクション」という30巻のシナリオ全集が刊行され始め、アルバイトをして毎月買いました。ドラマがもともと好きだったというのもあります。東芝日曜劇場は大好きで、毎週欠かさず観ていました。学生時代にしていたアルバイトは主に進研ゼミ(添削式の通信教育講座)の赤ペン先生でしたね。ほかには家庭教師とビルの警備員とかもしていました。

(聞き手 水沼啓子)=次回掲載は20日

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