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【話の肖像画】映画監督・是枝裕和(57)(3)押し入れ好きの少年

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幼少期を過ごした東京・練馬の二軒長屋。玄関に座って表を歩く人を見るのが好きだった
幼少期を過ごした東京・練馬の二軒長屋。玄関に座って表を歩く人を見るのが好きだった

 〈最初の住まいは東京・練馬の木造の二軒長屋で6畳と3畳の2間だった。9歳から28歳までは東京・清瀬の公団住宅「旭が丘団地」に住み続け、映画「海よりもまだ深く」(平成28年)の撮影場所ともなった〉

 祖母はすでに亡くなっていて、両親と9つ上と6つ上の姉2人とぼけちゃった祖父と僕の6人家族でした。姉たちとは年が離れているので、姉弟(きょうだい)という感覚はないですね。ボロボロの長屋でしたよ。まあ、そういう貧しい時代だったという側面もあると思います。

 時代的には昭和40年代でしたが、水道が引かれていなかったので、共同の井戸があって、生活用水は井戸水なんですよ。だから僕もバケツで井戸水をくんで、それを風呂おけに入れて薪(まき)でたいてという、ひと昔前の生活を送っていた。便所はくみ取りでしたが、一応家の中にはありましたね。

 「万引き家族」(平成30年)で祥太が押し入れを自分の部屋にしていたけれど、僕もあんな感じです。押し入れが好きでした。そこに本を持ち込んだりして。自分だけの空間が欲しかった。

 〈奄美大島出身の祖父が台湾に渡り、父親は大正9年、台湾で生まれた。先の大戦に出征し、中国で終戦を迎え、捕虜として、シベリアに抑留された。平成12年、80歳で死去〉

 父親は戦争に人生を翻弄されてしまった感じでしたね。軍隊生活は本当につらかったみたいで、毎日殴られたって言っていたし、しかも自分たちを殴り続けていた上官が敗戦の情報が入った途端に部下を残してみな逃げたそうです。それでおやじたちは行く当てもなく取り残されたところに、ソ連が入ってきた。

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