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【お城探偵】明智光秀が築いた亀山城 要衝ゆえに消えた痕跡 千田嘉博

亀山城本丸の石垣。近世以降の積み直しが多い(筆者撮影)
亀山城本丸の石垣。近世以降の積み直しが多い(筆者撮影)
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 亀山城(京都府亀岡市)は「荒塚山」という小高い丘の上にあった。城を築いたのは明智光秀。光秀は河川と沼に囲まれた丘の地形に着目して大軍の攻撃を山城と同様に防げると見抜いた。

 さらに、丘の上の城は山城と比べ、城と一体になった城下を建設しやすい利点があった。軍事拠点としての役割だけでなく、丹波の政治・経済の拠点になる城を築くのに、亀山城のような平山城は最適だった。光秀の選択は、織田信長と同じように、中世にあって近世を見いだしていたと評価できるが、城から見ても光秀の先見性が分かる。

 亀山城を居城にした光秀は、信長の命で丹波の統一を成し遂げた。統一過程で光秀は、福知山城(同府福知山市)や黒井城(兵庫県丹波市)などの支城を築き、亀山城はそれらの本城としても機能した。統一は信長から「天下の面目をほどこした」(『信長公記』巻十三)とたたえられ、光秀の地位は向上。近江と丹波に所領を持ち、丹後や山城・大和の大名を従える光秀は、信長になくてはならない存在だった。

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