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【本郷和人の日本史ナナメ読み】広島と浅野家(下)「神君の血筋」は最強の武器

浅野長政室(長生院)画像(模本、東大史料編纂所蔵)
浅野長政室(長生院)画像(模本、東大史料編纂所蔵)
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 1590年に関東に移された徳川家康は家臣たちに土地を分け与えましたが、10万石以上は3人。井伊直政が上野・箕輪(のち高崎)12万石。本多忠勝が上総・大多喜10万石。榊原康政が上野・館林10万石。彼らは10年のあいだ、それぞれに城下町を整備したり、徳川家の外交や政治を担ったりと活躍しています。そしていよいよ1600年の関ケ原の戦いです。家康は見事に天下人の座に就きました。

 さて、ここで考えてみてください。仮にあなたが企業を経営していたとしましょう。それで今回、長年の研究のかいあって、画期的な製品の開発に成功した。大幅な利益増が見込める。会社の価値は飛躍的に伸長する。そうしたらあなたはどうします? 社員こそは宝っていいますよね。昔から一緒に苦労してきた彼らの給料をぐぐっと上げたくなりませんか? 今まで本当にご苦労さん。これはオレの感謝のしるしだ…。

 家康はこれを全くといっていいほど、やりませんでした。井伊直政は家来の高崎勢とともに関ケ原で奮闘した。西軍への一番槍(やり)は井伊隊。退却していく島津の軍勢とも戦い、直政自身が深手を負っている(戦後1年あまりで死去)。これで近江・佐和山(のち彦根)に18万石。この5割増しが例外的な大盤振る舞いです。

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