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藤原京跡で貴族の邸宅跡が出土 推定130メートル四方

貴族の邸宅跡が見つかった藤原京跡の発掘現場。手前は門跡=2日、奈良県橿原市
貴族の邸宅跡が見つかった藤原京跡の発掘現場。手前は門跡=2日、奈良県橿原市

 奈良県橿原市の藤原京跡で、広さ約130メートル四方と推定される藤原京時代(694~710年)の貴族の邸宅跡が見つかり、橿原考古学研究所が2日発表した。中央に正殿があり、門を構えた立派な構造。日本書紀には、五位の貴族に1町(ちょう=約130メートル四方)の宅地を支給するとの記述があり、これを裏付ける資料といえそうだ。

 発掘現場は、京の中心だった藤原宮跡から約2キロ西にある県立医科大の新キャンパス予定地。橿考研が約3千平方メートルを発掘したところ、正殿と考えられる建物跡(東西約14メートル、南北約10メートル)と門跡(東西約9メートル、南北約5メートル)のほか、後殿跡や門につながる塀跡などが整然と配置されていた。

 藤原京は初の本格的都城とされ、街路が碁盤の目状に整備された条坊(じょうぼう)制の構造となっている。約130メートル四方に相当する1町(1坪=つぼ)が最小区画で、現場の「右京5条9坊東北坪(とうほくのつぼ)」は京の西端に近い。

 発掘したのは区画全体の一部にすぎないが、正殿がその中心に位置していることなどから、橿考研は広さ1町規模に及ぶ貴族の邸宅跡と判断した。京内でこうした邸宅跡が発見されるのは極めて珍しい。

 日本書紀持統5年の条には藤原京の宅地支給に関する記述があり、「大参(だいさん=五位の貴族)以下には1町を支給する」と記されている。

 前園実知雄・奈良芸術短大教授(考古学)は「藤原京は短命な都だったが、宮(きゅう)から離れた場所でも、京の建物として丁寧に造られていたことが分かる資料だ」としている。

 現地説明会は6日午前10時~午後1時。

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