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【葬送】教職から政界に…子供の未来願う 前自民党衆院議員・宮川典子さん

ヒマワリで溢れる祭壇に置かれた自民党の宮川典子衆院議員の遺影=29日、山梨県昭和町(今仲信博撮影)
ヒマワリで溢れる祭壇に置かれた自民党の宮川典子衆院議員の遺影=29日、山梨県昭和町(今仲信博撮影)

 イメージカラーの黄色のヒマワリであふれた祭壇の遺影では、誰もがすぐとりこになる在りし日の笑顔が輝いていた。

 文部科学政務官や自民党女性局長代理などを歴任した前自民党衆院議員の宮川典子氏のお別れの会。実行委員長を務めた麻生太郎副総理兼財務相は「われわれは今、欠くことのできない真の保守政治家を失い誠に痛切の極みだ」と悼んだ。

 教職から政界に飛び込んだのは、自ら命を絶った2人の教え子がきっかけだった。「この国は努力をしても報われない」。そんな趣旨の遺書を残した2人の死に向き合い、「今の教育のままでは子供たちに明るい未来を与えられない」と松下政経塾の門をたたいた。

 平成22年の参院選山梨選挙区では「日教組のドン」と呼ばれた輿石東元参院副議長に約3700票差まで迫った。24年の衆院選山梨1区で初当選。女性の政治進出にも取り組み、国政選挙などで候補者数をできる限り男女均等にするよう政党に努力義務を課す「政治分野の男女共同参画推進法」の成立に尽力した。

 3年半前、医師から乳がんと告げられた。「がんと戦う」と前を向き、治療を続けたが、志は道半ばで途絶えた。会に出席した輿石氏は「子供たちの幸せを一番願っていたと思う。本当に残念だ」と悔やんだ。

 三原じゅん子党女性局長は「政治家、宮川典子の思いに全力で取り組むことを約束する」と誓った。

 12日、乳がんのため死去。40歳。(今仲信博)

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