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【夜間中学はいま】(13)漢字知らず履歴書も書けなかった 48歳、今が本当の自分

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夏休みの登校日、久しぶりに級友に会って笑顔を見せる伊藤壽勝さん=大阪府豊中市(渡辺恭晃撮影)
夏休みの登校日、久しぶりに級友に会って笑顔を見せる伊藤壽勝さん=大阪府豊中市(渡辺恭晃撮影)

 「今までの人生で、今がいちばん楽しいです。それは学校に行き、勉強ができるようになったからです」。8月に大阪で行われたシンポジウムで、大阪府豊中市立第四中学校夜間学級に通う伊藤壽勝さん(48)は、夜間中学の関係者や国会議員、文部科学省の幹部ら約300人を前に語り始めた。緊張で手は震えていたが、かつての自分のように学びの場を切望する仲間たちを思い、力強く訴えた。「全国で公立の夜間中学はわずか33校。どこに住んでいても、学びたい人たちが夜間中学に入学できるようにしてほしい」

母が書く履歴書

 物心ついたときには児童養護施設にいた。両親の元に戻ると、母は朝から晩まで忙しく働いていたが、父は仕事もせず酒を飲んでばかりいた。

 小学校には1年遅れで入学した。勉強は好きだったが、酒乱の父にビール瓶で頭を殴られるような環境では、まともに通学できない。授業についていけず、テストの答案は白紙で提出していた。教室で一人ぽつんと座る伊藤さんを気にかけ、放課後に補習をしてくれる小学校の先生もいたが、中学3年のときの先生は、他の生徒たちの前で「お前みたいな奴が社会に出て、まともに働けるはずがないやろ。勉強もろくにしてないのに」と暴言を吐いた。「まじめに働いて見返したる」。怒りをぐっとこらえた。身を削って働く母は「高校に行かせられなくてごめんね」と言った。

 中3のときに亡くなった父の借金返済のため、いくつも仕事を掛け持ちし、母や姉弟のために必死で働いた。履歴書は母に書いてもらっていた。「漢字は自分の名前と簡単なものが書ける程度」だったから。あるとき、提出先から「履歴書は自分で書くもんや」と言われた。「悔しかった」と拳を握る。母の手本を見ながら書くものの、筆順も文字の意味もわからない伊藤さんには、ただ形を写しているだけ。むなしかった。

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