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本薬師寺跡で南門跡を初めて確認

南門跡が見つかった本薬師寺の発掘現場=奈良県橿原市(同市教委提供、今年3月撮影)
南門跡が見つかった本薬師寺の発掘現場=奈良県橿原市(同市教委提供、今年3月撮影)

 飛鳥時代に創建された奈良県橿原市の本(もと)薬師寺跡で、正門に当たる南門跡が見つかり、同市教委が25日、発表した。本薬師寺は天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気平癒を祈願して造営した国家寺院。主要な伽藍(がらん)配置は判明しているが、南門跡は見つかっていなかった。藤原京を代表する寺院にふさわしい立派な正門だったとみられる。

 本薬師寺跡はこれまでの調査で、金堂と塔、中門、講堂からなる伽藍配置が分かっている。市教委が今春、中門から約20メートル南にある水田を発掘調査したところ、柱を据える礎石の穴3カ所や、基壇の一部とみられる盛り土、基壇を囲う石敷きなどが初めて見つかった。

 遺構の状況から、門の東西は約15メートルで、南北は約10メートルと推定。中門(東西約14メートル)を上回る規模とみられる。柱間(はしらま=柱と柱の間隔)は約5メートルで、藤原宮の大極殿(だいごくでん)院南門など宮の主要な門と同じ規格と分かった。

 奈良市の世界遺産・薬師寺は本薬師寺がモデルとされるが、移築したのではなく、別々に造られたとみるのが定説になっている。今回の調査で、南門については薬師寺の方が大きいことが明らかになった。

 三重大の小澤毅教授(考古学)は「中門より南門が大きくなる過渡期の門で、立派に造られている。薬師寺と本薬師寺では南門の規模が違い、移建(いけん)ではないことが改めて証明された」としている。

 遺構はすでに埋め戻されているが、「歴史に憩う橿原市博物館」で29日~12月15日に開かれる特別展で、南門跡で出土した瓦が初公開される。

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