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【書評】『老父よ、帰れ』久坂部羊著 認知症介護に揺れる家族

『老父よ、帰れ』
『老父よ、帰れ』

 古くは軍医だった森鴎外、精神科医の加賀乙彦、外科医だった渡辺淳一など、医者で作家という人は少なくない。最近でも帚木蓬生、南木佳士、海堂尊らがいる。医学部出身というならば山田風太郎も安部公房もしかり。やはりさまざまな人生の断面を見ざるを得ないからこそ、書き込み先をカルテから原稿用紙に変えるのかもしれない。

 本書の著者、久坂部羊氏も、大阪大医学部出身で、在宅医療に携わっていた医師である。デビュー作「廃用身」は、麻痺(まひ)した四肢を切り落とす医師の治療を通して、制度や欺瞞(ぎまん)を描き、「悪医」では末期がん患者と医師のありようから医師とは何なのかを描いた。そしてこの「老父よ、帰れ」は、在宅医療に携わっていた人らしく、在宅で父親の認知症介護をする家族と周囲の小説である。

 ここには理想と現実の狭間(はざま)で揺れ動く家族の姿が描かれている。主人公の好太郎は、管理職になることを捨てて介護休暇を取り、せっかく入居させた有料老人ホームから父親を退所させ、自宅で介護することを決めた。しかし、その介護生活の中で彼は、さまざまな「想定外」に出逢(あ)うのである。

 人は理想通りに生きられない。しかし妥協を積み重ねれば後悔や慚愧(ざんき)の念も降り積もる。

 認知症の人の人権と、周辺住民が安全に暮らす権利を天秤(てんびん)に乗せて計る難しさ。美談なのか、はたまた身勝手や自己満足的な行為なのかを判断する苦しさ。身内の問題か他人事(ひとごと)かで大きく意見が変わる滑稽さ。

 読者は、いや、どっちもわかると悩むに違いない。しかもこれは認知症のことだけには留まらない。政治も経済も外交もみな、同じ構図なのである。

 私にも作曲家で87歳の父と女優で85歳の母がいる。今は二人で暮らしているが、私は数年前に両親の近くに越してきた。何かがあったときはすぐに行けるように、いつでも一緒に住めるようにという覚悟の許に。しかし、その覚悟とは何なのだろうかと本を閉じて考えた。ひとり者の自分はどうするのかと、還暦の自分を顧みて大きな溜息をついた。おそらく多くの、親を介護する世代は、現実と、自分の未来とを重ね合わせながら読むに違いない。(朝日新聞出版・1600円+税)

評・神津カンナ(作家、エッセイスト)

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