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【夜間中学はいま】(12)ラブレターを妻に書くため、文字を学んだ

 読み書きができない分、朝早くから夜遅くまで働きづめ。肩身の狭い思いをした経験を挙げればきりがない。

 すし店では、出前の電話を受けてもメモが取れずに怒鳴られた。読み書きができないと知った先輩職人がわざと難しい漢字で「蝦(えび)」と書いた仕入れリストを渡してきたこともあった。同僚は運転免許や調理師免許の話をしていたが、そのときの西畑さんにとっては「夢の夢」だった。

 35歳のとき、転機が訪れた。見合いで同い年の笑顔のまぶしい女性に心をひかれ、結婚した。ただ、「読み書きができない」と打ち明ける勇気は出なかった。家でくつろいでいるときでも、常に「いつばれるか」という不安がつきまとった。

 回覧板の件があって以降、せめて自分の名前と住所ぐらいは書きたいと妻に教わって練習したが、いくら努力してもだめだった。

 長女が生まれ、出生届を出すことになった。指に包帯を巻いて市役所へ。窓口の職員に「けがをしたから、代わりに名前を書いてください」と頼んだ。届けを済ませた帰り道、ベンチに座って空を見上げると涙がこみ上げてきた。

 小学生になった娘たちから「お父ちゃんの字を見たことがない」と言われたのもこたえたが、妻は子供にも分かるように説明してくれた。役所や銀行には付き添い、代筆してくれた。

 結婚以来、支えてくれた妻にいつか感謝の手紙を書きたい。定年退職した西畑さんは、平成12年に夜間学級に入学。夜間学級では、80代や90代になっても学ぶ生徒の姿に刺激を受けた。

 半年ほど過ぎた頃、ようやく名前が書けた。「初めて名前を書いたときのことは忘れられない」と思い起こす。冬休みには、生まれて初めて年賀状を書いた。

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