PR

ライフ ライフ

秀吉が築いた最初の伏見城、二条城上回る威容 内堀約30メートル 

発掘調査で見つかった深さ3・3メートル以上の造成土。右上は武家屋敷とみられる石垣の一部=20日午後、京都市伏見区
発掘調査で見つかった深さ3・3メートル以上の造成土。右上は武家屋敷とみられる石垣の一部=20日午後、京都市伏見区

 豊臣秀吉が16世紀後半に築いた最初の伏見城(指月(しげつ)城=京都市伏見区)の内堀の幅が30メートル以上になることが発掘調査でわかったと20日、京都市文化財保護課が発表した。徳川家康が築いた二条城(同市中京区)の内堀(幅約25メートル)上回る大きさで、秀吉の権力を物語る史料になるという。

 指月城は文禄3(1594)年に秀吉が築城。同5年の慶長伏見地震で倒壊したため、近くに木幡(こはた)城が築かれ、指月城があった付近は武家屋敷になったとされる。

 今回、内堀の想定地を調査したところ、武家屋敷のものとみられる石垣と、石垣の下に高さ3・3メートル以上の造成土を発見。造成土の中から指月城の瓦などが出土したことから、同課は堀跡だと判断した。

 指月城ではこれまで、内堀の西壁の石垣と、そこから約30メートル東にあって急角度に落ち込んでいる場所を確認。同課は今回の調査結果からこの場所を東壁とみて、内堀の幅を30メートル以上、深さ15メートル弱と推定した。

 同課は「想定の2倍で、秀吉の居城にふさわしい堀を備えていたことがわかる」と評価する。

 現地説明会は23日午前10時から。当日の問い合わせは現場事務所(080・4854・9054)。

あなたへのおすすめ

PR

PR

PR

PR

ランキング

ブランドコンテンツ