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【話の肖像画】国連軍縮担当上級代表(事務次長)・中満泉(56)(5)苦しかった難民認定

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湾岸戦争で地中海に展開した米空母「フォレスタル」の艦上にて=1991年頃
湾岸戦争で地中海に展開した米空母「フォレスタル」の艦上にて=1991年頃

 〈1989年、トルコの首都アンカラの国連難民高等弁務官事務所に赴任し、法務官として国連でのキャリアをスタートさせた。アンカラでの仕事が精神的に一番きつかったという〉

 トルコはとても親日的な国ですし、アンカラの事務所のスタッフはみんなフレンドリーで親切にしてくれました。しばらくすると、トルコは私にとって「第二の故郷」のように住み心地よい場所になりました。特に初めての直接の上司だった日本人の森啓充(ひろみつ)さんはとても親切に指導してくださり、大切なことを学びました。

 それは人生の他の面でもいえるように、仕事の上でも、誠実さが一番重要だということです。

 〈法務官の仕事は、難民申請してくる人たちが国際条約の規定に照らして難民かどうかを判断し、法的地位の認定をすること。1951年に採択された難民条約は、難民について「人種、宗教、国籍、特定の社会集団の構成員、政治的意見の5つの理由によって、迫害を受ける恐れがあるため国籍国外に出た人」と定めている。よりよい生活を求めて国外に移動する「経済難民」や移民の申請者は、国連の保護や支援対象とはならない。申請者は人生がかかっているので真剣だ。認定を受けるためにさまざまな作り話をする。面接の際にカッターナイフを隠し持っていた申請者もいたという〉

 一人の難民、その家族と自分が向き合い、そして難民かどうかの決定は自分の判断による、ということはすごく大きなプレッシャーでした。自分が難民として認定しなかった場合、この家族はどうなってしまうのか。通訳と一緒に1日に10~15人を面接するのですが、毎日苦しみながら一生懸命考えて決定していました。正直な話をしているのか、作り話ではないか。「支援できないからといって、悪く思う必要はない」と割り切る同僚もいましたが、私は自分が下そうとしている判断が本当に正しいのか迷って、何回も追加の面接をしたこともありました。

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