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最古級の前方後円墳に石室 京都・向日で出土

石室の北壁部。川原石積みの特徴をよく表わしている(向日市埋蔵文化財センター提供)
石室の北壁部。川原石積みの特徴をよく表わしている(向日市埋蔵文化財センター提供)
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 最古級の前方後円墳とみられている五塚原(いつかはら)古墳(3世紀中ごろ)=国史跡、京都府向日市寺戸町芝山=の後円部から石室が出土したと、同市埋蔵文化財センターが発表した。墳頂を掘り下げた竪穴式(たてあなしき)石室で、壁面に川原石のみを積む工法が採用されていたことが判明。時代最初期の大型前方後円墳の石室が出土すること自体珍しく、同市文化資料館(同市寺戸町南垣内)で開催中の展覧会で出土した遺物などとともに調査成果を紹介している。

 五塚原古墳の形は邪馬台国(やまたいこく)の女王、卑弥呼(ひみこ)の墓といわれる箸墓(はしはか)古墳(奈良県桜井市)に酷似する全長約90メートルの前方後円墳。保存目的の範囲確認に伴い昨年7月から11月まで、後円部の墳頂部約100平方メートルを調査した。

 この結果、中心から川原石で積まれた石室(長さ6・2メートル、幅1・3メートル)が出土。地震などで崩壊したらしく、室内に石が散乱していたが、周囲は防水目的の粘土で覆われていた。さらに墳丘から出土した土器から3世紀中ごろの築造が裏付けられた。

 川原石積みは弥生時代から続く伝統工法。石は近くの川から運び込んだものらしく、調達しやすい利点がある一方で、不成形の石を使うために崩れやすい欠点がある。一緒に出土した瓦などから、遅くても白鳳時代(7世紀後半)までに地震などで崩壊。石も近くの宝菩提院(ほうぼだいいん)の造営に使われたようだ。

墳丘から出土した土器片。祭祀用とみられるが、築造期を決める証拠になった
墳丘から出土した土器片。祭祀用とみられるが、築造期を決める証拠になった
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 石室内には木棺が収められていたと考えられ、室内の高さは現状で約1メートルだが、床面までにはさらに1メートル近くあるとみられる。堆積土の状況などから盗掘はなさそうで、床面には銅鏡などの副葬品が残る可能性もあるという。

 同センターの梅本康広事務局長は「古墳出現期の埋葬施設がわかる数少ない例。石室被葬者はこの地域の中心人物で、石室を通して初期大和政権の中枢を担った人物と想定される」と話している。

 現場はすでに埋め戻している。展示は10月14日までで、入場無料。休館日は9月17、24、30日、10月1、7日。問い合わせは同センター(075・931・3841)。

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