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【中西進さんと行く 万葉集最果ての歌】宮城・福島 陸奥、原始の力に満ちて

女性からチクリ

 残る2首も恋愛を詠んでいる。

 《陸奥(みちのく)の安太多良真弓弾(あだたらまゆみはじ)き置(お)きて反(せ)らしめ来(き)なば弦着(つらは)かめかも》 巻14-3437

 (陸奥の安達太良の真弓を弾いて、その後そり反らせたままにしていたら、また弦をつけることが、どうしてできよう)

 真弓は檀(まゆみ)の木で作った弓。安達太良山は弾力ある良質の檀が多く自生していた。女性をその気にさせておいて、その後知らん顔していたら、二度と愛を囁(ささや)くことはできないよと、男性を批判する女性目線の歌だ。

 《陸奥(みちのく)の安太多良真弓弦着(あだたらまゆみつらは)けて引(ひ)かばか人(ひと)の吾(わ)を言(こと)なさむ》 巻7-1329

 (陸奥の安達太良山の真弓に弦をつけて引くように、人に言いよったら他人は何かといいたてるだろうか)

 弓を引くとは、女性に言い寄ることをたとえたという。「女性にちょっかいをかけるとあれこれ噂されてしまうと、人の評判を気にしている。詠まれたのは古代とはいえ、現代と通じますね」と中西さんはほほえむ。

                  ◇

 □陸奥(みちのく)の安太多良真弓弦着(あだたらまゆみつらは)けて引(ひ)かばか人(ひと)の吾(わ)を言(こと)なさむ 巻7-1329

家持 流転の果て

多賀城内の政庁跡に残る礎石を眺める中西進さん。「ここに家持がいたんだね」=宮城県多賀城市(彦野公太朗撮影)
多賀城内の政庁跡に残る礎石を眺める中西進さん。「ここに家持がいたんだね」=宮城県多賀城市(彦野公太朗撮影)
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 さて、万葉集の編纂者(へんさんしゃ)の一人とされる大伴家持(おおとものやかもち)は、陸奥と縁が深い。延暦元(782)年に赴任した多賀城(宮城県多賀城市)は、奈良、平安時代にかけて陸奥国の国府が置かれた古代東北の重要拠点だった。

 名門大伴家に生まれながら藤原一族に押され、中央から遠く離れた越中、因幡、薩摩などの地方を転々とし、多賀城で没したとされる。ただ、この地で詠んだ家持の歌は残っていない。

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