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【本郷和人の日本史ナナメ読み】政治は軍事の「おまけ」?(下)政務の地位、低かった鎌倉・室町

 富と権力の重複。江戸幕府はこの点を改善します。広大な所領を有する外様大名は、幕府政治に関わらない。狭小な領地しか持てない譜代大名から、人を選んで政治にあたらせる。若手のやり手として台頭した松平正綱(知恵伊豆こと松平信綱の養父)は、現在の財務大臣のような地位にありながら2万2千石。関東支配の要である関東代官を務め、利根川の流れを大きく変える大工事を成し遂げた伊奈氏は1万3千石。こうした事例を見ると、うーん、富と権力は分離するとはいうものの、やっぱり政治の地位が低いんだなあ、と感じざるを得ません。

 次回は10月3日に掲載します。

 ■大江氏の後裔、毛利元就 1497~1571年。大江広元の四男、季光(すえみつ)は相模国毛利荘を所領として毛利氏を名乗り、御家人となった。季光と子供たちは1247年の宝治合戦で三浦氏に味方し、滅びた。四男の経光だけが生き残り、越後と安芸に子孫を残した。安芸の吉田荘を領した経光の四男(また!)時親(ときちか)の子孫が戦国大名・毛利氏である。

【プロフィル】本郷和人

 ほんごう・かずと 東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

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