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【北限に挑む~食に託す復興】(上)宮城・閖上のシラス漁「地元の食卓に並べたい」

閖上港で獲れたシラスを見つめる相沢太さん(名取市提供)
閖上港で獲れたシラスを見つめる相沢太さん(名取市提供)

 平成29年7月。宮城県名取市の閖上(ゆりあげ)港に、1隻の漁船が漁から帰ってきた。

 青いかごの中に入っていたのは、約20キロのシラス。漁船を出迎えた地元の水産加工会社「マルタ水産」専務、相沢太(ふとし)さん(35)はかごの中をのぞき込み、「いける」と確信した。それは、閖上でのシラス漁が“船出”した瞬間でもあった。

 閖上地区のシラス漁は国内の北限であることから、同年8月に「北限のしらす」と名付けて販売をスタート。今では、同地区の新たな特産品となっている。

■ ■ ■

 平成23年の東日本大震災では700人以上が犠牲になった閖上地区。昭和43年に同地区で創業したマルタ水産は、震災前まで主にイカナゴの稚魚「コウナゴ」などの加工・販売を生業としていた。しかし、震災の津波で加工工場が流失。相沢さんは近くの小学校に避難して難を逃れたが、従業員には犠牲者が出た。

 震災から1カ月以上が過ぎた頃、相沢さんは静岡市の用宗(もちむね)港にいた。被災企業の受け入れ先の会社でたまたま学んだのが、シラスの加工だった。「このときは閖上でシラスの加工をすることになるとは思っていなかった」と相沢さん。その後は東京都内の水産会社で勤務し、29年3月に再び閖上へ戻った。

 閖上の伝統的な魚介類といえばアカガイ。しかし、定期的に貝毒が検出されるため、生活の安定が得られる水産資源が必要だった。そこで活路を見いだしたのが、福島県相馬市や南相馬市で漁が行われていたシラス。「比較的近くで(シラスが)取れていたので、宮城にもシラスがいたことは知っていた」(相沢さん)からだった。

 県に働きかけてシラスの漁業権を得ることができたものの、漁法や管理法はゼロからの出発だった。相沢さんをはじめ閖上の漁師たちは静岡や福島の漁師を地元に招き、指導を仰いだ。

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