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イスラエルで「最も作品が万引きされる作家」 紛争の現実、ユーモアで包む

来日時のインタビューで、「普遍的な人間の感情を書いている」と話すエトガル・ケレットさん=2015年
来日時のインタビューで、「普遍的な人間の感情を書いている」と話すエトガル・ケレットさん=2015年

 紛争地の陰鬱な現実を扱いながらも語り口は軽やかで、笑いも誘う。イスラエルを代表する作家の一人、エトガル・ケレットさん(52)はそんな不思議な味わいの掌編小説を紡ぐ。わずか数ページの中に深遠な世界を詰め込んだ短編群は40以上の言語に翻訳される人気で、母国では「最も作品が万引される作家」と噂されたこともある。     (文化部 海老沢類)

 ケレットさんは第二次大戦中のホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を生き延びた両親のもと、地中海沿岸の都市テルアビブに生まれた。現在も同市に暮らし、ヘブライ語で執筆する。

 パレスチナ紛争を抱えるイスラエルでは男女ともに兵役が課される。個人の意見表明が許されない10代後半からの兵役中、精神の自由を求めるように執筆を始めた、と2015年のインタビューで回想していた。

 「イスラエルでは僕の世代に限ってもほぼ全員が『暴力的な死』を間近で見聞きした経験がある」。身辺雑記風のものや超現実的な話など作品は多彩だが、多くで自爆テロや自殺による「死」が描かれる。フランク・オコナー国際短編賞の最終候補に入った2010年の掌編集『突然ノックの音が』(母袋夏生訳、新潮社)もそう。収録作の「カプセルトイ」では妻を自爆テロで亡くした夫の悲しみをつづる。妻の葬儀に参列した国の公安大臣らのお偉方は夫婦の名を親しげに連呼し、報復の誓いをドラマチックに語る。その姿を見て夫は戸惑う…。兵役中に亡くなった親友の葬儀に出た際のケレットさんの心情が投影された一編だ。

 「その葬儀で、軍の将校は僕の友人がどれほど勇敢だったか力説した。でも彼は優しい人間ではあったけれど、決して勇敢ではなくてむしろ臆病だった。そのとき、僕は友人を失っただけでなく、彼に関する記憶さえも奪い取られる気がした。個人の喪失=死はときに政治的に利用されてしまうことがあるのです」

 喪失をうたう声は痛切だが、ユーモアも織り交ぜられ、物語は悲しみ一色に染まらない。「苦い薬を飲めるように砂糖でコーティングしますよね。砂糖にあたるのがユーモアです。屈辱的な状況下でも人はユーモアを用いて威厳を保つことができる。笑いは弱者の武器なのです」

 自伝的エッセー『あの素晴らしき七年』(新潮社)を邦訳した秋元孝文・甲南大教授は「愚かで同じ過ちを繰り返す人間をからかい、笑いながらも、その根底には深いやさしさがある。だから自殺や殺人を扱った作品でも読んだ後には温かな気持ちになる」とケレット作品を評する。人間のやるせなさに寄り添う言葉が国境を超え、世界中の読者の心と共振している。

 Etgar Keret 1967年、イスラエル・テルアビブ生まれ。92年にデビューし94年の短編集『キッシンジャーが恋しくて』で注目される。映像作家としても活躍。2007年に『ジェリーフィッシュ』で妻とともにカンヌ映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)受賞。10月に甲南大の招聘(しょうへい)で来日予定。

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