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【話の肖像画】マンガ家・永井豪(73)(2)夢から生まれた「手天童子」

 《昭和24年に雑誌「おもしろブック」が創刊。山川惣治の「少年王者」など絵物語が主流で、マンガはその付録扱いだったが、徐々に立場は逆転していく》

 貸本向けで、さいとう・たかをさんの「台風五郎」シリーズは人気があったし、水木しげるさんの「地獄」は鬼が攻めてきて人間を串刺しにするような残酷さがあったが、ユーモラスな絵柄で面白く見ることができた。白土三平さんの「忍者武芸帳」などは中学に入ってから同級生に勧められたんだけど、殺戮(さつりく)シーンの迫力に衝撃を受けた。虐げられる農民の戦いが描かれていたのが新鮮でしたね。

 《3歳のときに見た夢をはっきりと覚えているという。その体験をヒントに51年、「手天童子(しゅてんどうじ)」(週刊少年マガジン)を発表した。鬼をモチーフにした壮大な冒険ファンタジーは後に、一大ジャンルとなる》

 天井のいくつかの節穴がバリンと割れて、巨大な毛むくじゃらの手がつかみかかろうとしてきた夢です。ショックで大泣きしましたよ。夢では平安時代の貴族のような住居にいました。

 「手天童子」を描き始めたら、またひんぱんに夢をみるようになりました。さらにアシスタントが体調不良になったことも。でも、恨みをもった人が鬼になる、人間こそ鬼の正体だ-というアイデアは夢にもらったものです。それを作品にすると、また夢をみる、の繰り返し。体力を使いました。

 マガジンでは45年に、読み切り100ページのSFマンガ「鬼-2889年の反乱-」を描きました。連載のギャグマンガ「キッカイくん」の評判がよかったので、同じ出版社(講談社)から「ごほうびにストーリーものを描いてもよい」と言われてね。このときも鬼にたたられたのか、高熱を出して大変だった。連載ものは落とさず(休載させず)、「鬼」を描け-という指示だったんだけど、体調がもどらず、「キッカイくん」を落としちゃった。これまでで唯一、締め切りに間に合いませんでした。(聞き手 伊藤洋一)

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