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【忘れられた同胞・フィリピン残留2世(番外編)】復讐劇、愛国行進曲…運命に翻弄された人々の物語

 連載(上)に登場したアントニオ・タワラさん(81)とアンヘリータ・ヤマモトさん(75)も、この地で父を殺害されている。

 戦後長く続いた厳しい反日感情から、2世たちは日本人である父親の姓を名乗ることも憚(はばか)られた。アントニオさんは「エレアザール」、アンヘリータさんは「バカルトス」という姓を名乗ってきた。

 こうした状況は首都、マニラのあるフィリピン北部のバギオでも同じだった。バギオは日本人移民が最初に拠点を築いた地ともいわれ、大きな日本人社会があった。日本人学校もあり、2世たちは日本人教師に日本語で勉強を学んでいた。

 日本人とフィリピン人は共存していたが、戦争が始まると対立が激化。反日ゲリラがスパイ容疑で日本人を殺害したり、日本の憲兵が同様にフィリピン人を処刑する事件が頻発した。加えて、米軍の激しい攻撃にもさらされた。

 バギオの隣にある街、イトゴンに住むホセ・スダさん(79)の父、スダ・キンゴさんも、米軍の砲撃で死亡。幼かったホセさんには父の記憶はほとんどないが、近所の住民から「バギオで運送業をしていた」と聞いたという。

 一家の大黒柱を失ったホセさんは小学校を中退し、建設現場や鉱山で働き、母方の遠い親戚の姓「スミンシン」を名乗った。証明書の国籍は「フィリピン」となっているが、「反日感情が強く、フィリピンと書かざるを得なかった」。自身が2世である証拠は、父の名前と、15歳ぐらいの頃に伯母からもらった父の写真だけ。「父がどこの誰なのかを知りたい」。ホセさんは訴えた。

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