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【本ナビ+1】学習院大教授・中条省平 「文化的カオス」の興奮味わう

学習院大の中条省平教授
学習院大の中条省平教授

 □『私のイラストレーション史 1960-1980』南伸坊著(亜紀書房・1800円+税)

 イラストレーターの南伸坊さんも今年で72歳。別項で紹介するエッセー集のタイトルどおり、「おじいさんになったね」なのである。

 しかし、南さんが先生と仰ぐ10歳年上の作家、赤瀬川原平さんが沖縄でユタ(巫女(みこ))のおばあさんと会ったとき、「悩み事をこの紙に書きなさい」と言われて、困ったそうだ。悩み事がなかったからだ。そうありたいものである。

 赤瀬川さんにあやかりたいという南さんも、あんまり悩み事はなさそうである。なにしろ、突然、呼吸困難に陥って救急病院に行ったときも、「だれかにふざけて首をしめられてるみたいな感じ」だったというのだから。

 そのうえ、首にできたコブに注射針を刺されてチュッとコブの中身を抜いてもらったとき、奥さんに「コブとりじいさんみたい」といわれ、そういえば、鬼にコブを取ってもらうのに、ちょっと芸を見せる余裕がなくて「悪いおじいさん」みたいで、まだまだだなあ、と反省したという。

 年齢はおじいさんになっても、気分はぺーぺーの若者なのだ。そんな南さんがそんな気分で若き人生の日々をふり返るのが本書。とくに、南さんが青春を謳歌(おうか)した1960年代後半は、日本のイラスト、美術、デザイン、雑誌、マンガが一番面白く、沸騰していた時代だ。赤瀬川さんをはじめ、水木しげるさん、和田誠さん、横尾忠則さん、つげ義春さん-といった錚々(そうそう)たる人々が活躍する。

 その文化的カオスのなか、少年~青年の南くんは、毎日が大発見のような熱い日々を駆けぬけていく。文章がユーモラスに弾んで、読む私たちも一緒にその興奮の中をくぐるようないい気分になる。貴重な裏話も満載。柔軟な精神がいかに鍛えられるかという自己形成の記録としても出色の出来栄えだ。

 ■『おじいさんになったね』南伸坊著(だいわ文庫・680円+税)

 『私のイラストレーション史』が南さんの過去のまとめならば、本書は現在のあれこれの報告。自分の唾がうまく飲みこめずに咳(せ)き込む。「たいがいそうなるよ年とると」だそうである。病気に、物忘れ、眉やシモの白髪…。

 でも、南さんが語ると早くそうなってみたいと思うほど、毎日がほんわかとスリリング。どうでもいい話ばかりなのに、いとおしい。

【プロフィル】中条省平

 ちゅうじょう・しょうへい 昭和29年、神奈川県生まれ。パリ大学博士。著書に『反=近代文学史』『恋愛書簡術』、翻訳にジッド『狭き門』など多数。

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