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私の背中を押してくれた小説 芥川賞に決まった今村夏子さん

作品「むらさきのスカートの女」が芥川賞に決まり、記者会見する今村夏子さん=7月17日、東京都千代田区(鴨川一也撮影)  
作品「むらさきのスカートの女」が芥川賞に決まり、記者会見する今村夏子さん=7月17日、東京都千代田区(鴨川一也撮影)  

 小説を面白いと感じたのは、大学生の時でした。『夢見通りの人々』(宮本輝著)を読んで、私はこの本に登場する、里見春太という青年のことを好きになりました。ページをめくっていると、里見春太がすぐそこにいて、しゃべったり、動いたりしているかのように錯覚しました。当時はまだ小説を書きたいと思ったことはなかったのですが、この時に感じた、「登場人物が今ここにいる感じ」は、自分で小説を書くようになってから意識するようになりました。「いる」と思えた時は書いていてとても楽しいです。大抵の場合「いない」ので、そういう時は、ただただ苦痛です。私は商店街が好きで、商店街の近くに住みたいと思い、実際に住んでいたことがあるのですが、それも、この小説に影響されてのことだと思っています。

 29歳の時に、小説を書き始めました。書きだす直前まで読んでいた本が、『蛇にピアス』(金原ひとみ著)です。とん、と背中を押してもらえたような気がしました。その時に書いた小説は、私のデビュー作になりました。子供が主人公の小説でしたが、大人ではなく、子供を主人公にしたのは、「長くつしたのピッピ」や「窓際のトットちゃん」など、子供が魅力的に描かれている作品を、幼い頃からずっと愛読してきたからだと思います。物語の主役と言えば子供だと思っていました。大まかな話の流れを決めてから書き始めたのですが、書いている途中で、小島信夫の短編「微笑」を読んだことがきっかけで、それまでに考えていた筋立てを変えました。冒頭と末尾に現在の視点を置くと、物語に奥行きが出るのだな、ということを、この短編から教わりました。小島信夫作品は、他には『抱擁家族』を読みました。自分では意識しませんが、小島信夫の作風にどことなく通じるものがある、と言われたことがあるので、もしかしたら影響を受けているのかもしれません。

 同じ時期に、『名文を書かない文章講座』(村田喜代子著)も読みました。書店でパラパラめくっていたところ、『まずは大胆に』とか、『力むとろくなことはない』とか、『捨てること!削ること!』とか、私の知りたかったことや、言ってもらいたかったことが、わかりやすい言葉でたくさん書かれてあったので、迷わずレジに持って行きました。色エンピツであちこちに線を引き、何かに迷うたびにページを開いて、うんうん、なるほど、と頷(うなず)いていました。この本がなかったら、最後まで書くことは難しかったと思います。

 こんなふうに、その時々で、既存の小説や指南書に支えられながら、デビュー作を書き上げました。その経験は、今回の受賞作である「むらさきのスカートの女」を執筆する際にも、大きな原動力になりました。『蛇にピアス』のように、私の背中を押してくれる小説が、まだたくさんあるに違いないので、今後はもっと読書量を増やしていかなければと思っています。

いまむら・なつこ 昭和55年、広島市生まれ。大阪の大学を卒業後、さまざまなアルバイトを経て平成22年に「あたらしい娘」(「こちらあみ子」に改題)が太宰治賞を受賞しデビュー。翌23年に同作を収めた単行本『こちらあみ子』で三島由紀夫賞。29年に『あひる』で河合隼雄物語賞、『星の子』で野間文芸新人賞。今年7月に『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞。

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