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【朝晴れエッセー】紙芝居屋で納豆売りのトミさん・8月16日

 私は小学校入学前の冬、父が亡くなり母の実家に身を寄せた。

 その家の周りに来るトミさんという紙芝居屋のおじさんがいた。瓶底めがねの奥の小さい目が優しく、他の紙芝居屋が水あめを買わないただ見をする子を追い払うなか、トミさんは後ろの方で見ることを許してくれていた。太鼓をたたきながらの「黄金バット」が大好きだった。祖母から珍しくお小遣いをもらえたとき、「トミさん水あめください」と3円渡すと、5円になるはずのせんべい付きのを渡してくれた。

 友達と一緒にトミさんの家に遊びに行ったことがあった。玄関が一つで廊下を挟んで左右に六畳一間ずつ、それが一軒の所だった。トミさんの所には驚くほどたくさんの本が並んでいた。

 私が読めた背表紙の漢字は、西・田・学だったと母に告げると、「たぶん、京都大学の西田哲学の本だね。トミさんはね、戦争が終わって、やっと戦地から帰ってきたら、もう死んだと思われていて奥さんが他の人のお嫁さんになっていたんだよ」と。

 トミさんは朝「エ~ナットウ、エナットウ~」と声を張り上げて納豆を売りに来た。それを聞くと「母ちゃん、トミさんの納豆買って」。からしをたっぷりつけてくれるので、子供なのにからい納豆が好きになった。今でも納豆を食べるときにはからしを効かせて、ツーンとしながらトミさんを思い出す。

小林 洋子 73 静岡県伊東市

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