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【話の肖像画】ファーストリテイリング会長兼社長・柳井正(70)(3) 失敗続きだった海外出店

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出店したロンドン旗艦店でグローバル戦略を語る2007(平成19)年11月
出店したロンドン旗艦店でグローバル戦略を語る2007(平成19)年11月

 〈常識にとらわれないやり方で、売り上げを伸ばしてきた。創業当時の衣料品小売業界はメーカーからの「委託販売」が主流で、売れ残れば返品できるが、粗利益は低い。委託販売以外の方法を模索して、香港の衣料大手ジョルダーノの創業者、ジミー・ライ氏を現地に訪ね、自主企画商品をメーカーへ製造委託し、全量買い取って価格決定権を握る「製造小売業(SPA)」の手法を学んだ。リスクは高いが、経営の自由度は上がり、収益率も高まった〉

 昭和60年のプラザ合意以降、円高が進み、メーカー品やブランド品が国内で安く売られていいはずなのに、そうならなかった。そんなときに視察に訪れた香港で「ジョルダーノ」のポロシャツが目に留まりました。低価格の割に品質がいい。ライ氏に会いに行き、商売に国境はなく、製造と販売には境がないことを学んだ。彼とは年齢が同じで、僕にもできない訳はないと思った。その後、香港で商売を始めたときは、毎週のように香港に通っていました。

 ライ氏はその後、日刊の香港紙、蘋果日報(アップルデイリー)を立ち上げました。独自の取材などに基づいて、いろいろな記事を発信しているようです。

 〈平成11年2月には東証一部にくら替え上場。12年の秋冬でフリースのブームを起こし、2600万枚を売った。全国的に有名になり、海外進出を決めた〉

 東証上場が国体での準優勝でフリースの成功が優勝ならば、次の舞台はオリンピック、つまり海外市場に出ること。海外進出のタイミングの目安にしていた3千億円の売り上げが見えたので海外進出を決めました。

 〈海外出店は当初、失敗続きだった。13年に英国、14年に中国、17年に米国へ進出したが、現地経営者との連携や商品展開で失敗。そこでブランドの認知度を上げるため、18年のニューヨークを皮切りに、ロンドン、パリ、上海などで大型旗艦店を開いた。世界最大市場である米国のユニクロ事業も、今年8月期には黒字転換する計画だ〉

 米国市場が難しいとかではなく、本当に本気で全社を挙げて仕事をしてきたかという問題。事業を行う者として、死ぬ気で北米にコミットしていたか。今までは、ぼちぼちとやり過ぎていたのかもしれません。

 〈ユニクロは22カ国・地域に2千店舗以上を展開する。今秋には、インド1号店をデリー首都圏に開く。26年の訪印時に面会したモディ首相から期待されながら時間がかかった〉

 インドからは、小売業ではなく「Make in India」(メーク・イン・インディア)を期待されていると理解しています。縫製業が最も雇用を生む。中国に進出したときと同じように、本部社員の3分の1は現地に行くつもりでやらないと。中国ではすでに生産していたが、インドでは工業団地の建設などゼロから自分でやらなければいけないかもしれません。いろんな調査をしたり簡単にはいきません。一大プロジェクトです。(聞き手 吉村英輝)

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