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【収集癖と発表癖 みうらじゅん】ドンジャラ ドン士たち激戦の跡

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 僕が1970年代後半、マットーな大学生に成(な)れなかったのには幾つかの原因がある。

 その大きな原因は受験に2度も失敗したからではあるが、そもそも大学生に成るための嗜(たしな)みを全く身に付けていなかった。

 辛うじて、酒やタバコは始めていたが、ギャンブル性のあるもの、例えば、パチンコはめっぽう弱かったし、当時の大学生にとって最も重要だった麻雀(マージャン)のルールすら知らないという失態ぶり。

 これじゃいくら入学出来たところでクラスメートは寄り付かないだろうし、徹マンで、眉間に皺(しわ)を寄せ、牌を握る姿に「あの人、カッコ良過ぎ」と、女子の賛辞を得ることもない。一体、何のために大学に通う意味があるというのか?

 ならば麻雀を覚えればいいのだが、そんな気すら起こらないのは元来、ギャンブルが苦手だったからだ。志望校に美大を選んだのも、フツーを否定してこその芸術であり、麻雀に興じる奴などいないだろうという目算もあった。事実、入学当初はそんな奴もいなくて安心したが、2年目から俄(にわか)に「うちで麻雀するんだけど、メンバーが足りなくてさ」と誘ってきた。

 “マズイ!”。毎回理由をつけ断っていたのだが、そのうち友達が僕のまわりから一人、また一人と麻雀チームに入っていった。どうにかしなくてはと思っていた時に僕は、玩具屋で『オバケのQ太郎 絵合わせゲーム ドンジャラ』に出合ったのである。

 どうやらそのパッケージからして麻雀を模したものらしい。これならやれそうな気がして購入。雀士(じゃんし)ならぬ、ドン士を目指すことにしたのだ。

 「ほのぼの大原家、ドン!!」

 Q太郎の居候先、大原家メンバーの絵が付いた牌を集めれば大層、得点がいい。僕は得意気(とくいげ)に大声を上げた。「本当、お前は強いよな」と、それが少し話題となって、うちのアパートに友達が戻ってきた。ま、これなら大してカモられることもないから安心なのだ。

 それから卒業しても新しいドンジャラを買い求めていたので、何卓も広げた部屋はまるで雀荘(じゃんそう)ならぬ、ドン荘の様相を呈した。

 僕は参加しない時もあり、お酒を出したり灰皿を替えたりと、マスター気取りで、“ジャラジャラジャラ”と牌を交ぜる音を耳に、部屋の端で依頼原稿などを書いているというドンジャラ放浪記作家。そんなことが『モーニング娘。絵合わせゲーム ドンジャラ』まで続いた。パッケージがかなりへしゃげているのは当時のドン士たちの激戦を物語っているのである。(作家、イラストレーター)

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