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【書評】『ある「BC級戦犯」の手記』 冬至堅太郎著、山折哲雄編  彷徨う魂の遍歴つづる

 戦後74年、令和最初の8月15日が近づく。この日は「終戦」の日として知られているが「敗戦」の日でもあることも忘れてはならないだろう。

 本書の著者、冬至(とうじ)堅太郎は戦争末期の昭和20年6月、福岡で本土決戦に備え陸軍航空情報隊の主計中尉(のち大尉)として防衛の任についていた。そこで撃墜されたB29搭乗員の捕虜4人を志願して斬首した。空襲で死んだ母親の復讐(ふくしゅう)の思いからだった。31歳のときのことだ。21年4月に福岡刑務所に収監後、東京の巣鴨プリズンに移送され23年10月、捕虜虐待のBC級戦犯裁判にかけられ12月に絞首刑の判決が下る。

 だが25年7月、終身刑に減刑となった。その年の6月に始まった朝鮮戦争の影響が考えられる。日本の再軍備が検討されてきたのだ。個人の生死が戦勝国の都合で簡単に振り回されたといえる。そして6年後の31年7月に出所し、自由の身となる。

 この間、冬至が直面したのは戦争犯罪人でも救われるのか、という重い問いだった。実は逮捕される前に自決を覚悟したのだが、ある住職から「牢屋(ろうや)を自分の天地として生き抜く」ことと諭され思いとどまっていた。それでも迷いは消えず「歎異抄」や「聖書」を読むが納得できずその悩みを回想録や2千もの短歌と俳句にぶつけた。巣鴨では日記を書き続けた。

 そこで教誨(きょうかい)師の田嶋隆純(りゅうじゅん)と出会い「仏法の究極の教えは、常に現在を最善に生きるということ」との言葉を聞いて心が震える。先の住職の言葉にも通じて“今、その場で生きること”の大切さを伝えていた。やっと得心がいき、捕虜虐待のときからを回想した手記「苦闘記」を書き上げる。

 それは冬至が獄中で編集した戦犯者33人の信仰告白を載せた謄写版刷りの冊子「鉄窓(てっそう)の月」の中に収められた。昨年6月、宗教学者の山折哲雄は田嶋の娘からこの冊子を送られ、敵味方に関係なく人を殺したことの苦悩をつづった「苦闘記」に感銘した。そこで山折はこの真摯(しんし)な〈彷徨(さまよ)う魂の遍歴〉を令和に生きる人々にも知ってほしいと出版に動き、本書が生まれた。

 冬至は出所後、自宅の庭に4体の地蔵菩薩を祭った。懺悔(ざんげ)と鎮魂からだった。罪意識の深さを、思う。(中央公論新社・2000円+税)

 評・小林竜雄(脚本家)

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