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「同じ星を見ていた父と母」 戦没者遺族の山梨県笛吹市・杉原五十子さん(75) 

米国から返還された父の日章旗を見る杉原五十子さん=山梨県笛吹市石和町川中島(渡辺浩撮影)
米国から返還された父の日章旗を見る杉原五十子さん=山梨県笛吹市石和町川中島(渡辺浩撮影)

 先の大戦の終結からこの夏で74年。父を亡くした山梨県笛吹市石和町の元公務員、杉原五十子(いそこ)さん(75)が、父と母の約束について語ってくれた。

 山梨県甲運村(今の甲府市)で生まれた父、山田友治は、私と双子の兄が1歳5カ月だった昭和20年3月17日、硫黄島の戦いで亡くなりました。ですから私には父の記憶はありません。

 母の登喜は女手一つで私たちを育ててくれましたが、暮らしは貧しかったです。ある日、母が病気で寝込み、枕元の手紙にこう書いてありました。「あしたの朝、母ちゃんが目を覚まさなかったら、役場に行って『きょうだい離れ離れにしないで養護施設に入れてください』と頼みなさい」

 母はしばらく入院しましたが回復し、また働き始めました。私は高校を出させてもらい、旧石和町役場に勤めて、平成15年に教育総務課長で退職しました。母にはとても感謝しています。

 ただ、ずっと疑問に思っていたことがありました。母はときどき夜空を見上げて、手を合わせて何か祈っていました。

 その意味が分かったのは、終戦から61年たった18年になってからでした。米国のミシガン州に住む元米兵の遺族が遺品を整理していたときに、戦利品らしき日章旗が出てきたのです。「祈武運長久 山田友治君」と書かれ、家族や親類が寄せ書きしていました。

 関係者のご努力で旗は日本に戻ることになり、母子3人で県庁に行って、旗を受け取りました。そのとき、母は旗をしっかり抱きしめ、しばらく無言でした。私は「やっと父が帰ってきた」と思いました。

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