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【話の肖像画】バレエダンサー・熊川哲也(47)(12)バレエが僕を選んだ

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バレエダンサー・熊川哲也さん(酒巻俊介撮影)
バレエダンサー・熊川哲也さん(酒巻俊介撮影)

 〈平成23年に実施された「バレエ教育に関する全国調査」によると、日本全国でバレエ教室は約4500あり、バレエ学習者は約40万人と推定された〉

 日本中にこれだけのバレエ教室があれば、優れた才能を発掘できるアンテナショップが全国各地にあるようなものです。そのせいか、日本人のバレエダンサーとしてのレベルは高いですね。プロのバレエダンサーを育てるためのバレエ学校しかない国では、これだけの才能を拾えない可能性もあります。

 日本のバレエ教室は師弟関係が密接で、教師は母親、生徒は子供のような関係です。Kバレエ カンパニーのダンサーの中にも、「これからは恩師を助けます」と言ってカンパニーを辞めて、自分が育ったバレエ教室の教師になったり、スタジオを継いだりしています。日本のバレエ教室の良さでもあるかもしれません。

 一方で、そうしたしがらみから離れて、しっかりと自分の言葉を持つバレエダンサーも増えています。とくに海外留学から帰ってきたダンサーたちは、条件の良いバレエ団を選ぶ傾向が強いですね。

 〈「私がバレエを選んだのではない。バレエが私を選んだ」-。世界的バレエダンサー、ルドルフ・ヌレエフの言葉だ〉

 いま振り返ると、僕自身もヌレエフと同じようにバレエに選んでもらった気がします。幸せなことにバレエにずっと携わってこられました。ダンサーとして各国でさまざまな作品を踊り、日本でプロのバレエ団を設立することもできました。

 カンパニーの芸術監督だけでなく、現在、Bunkamuraオーチャードホールの芸術監督も務めています。昨年は、カンパニーがそのオーチャードホールとフランチャイズ契約も結びました。現実的にはなかなか難しいかもしれませんが、カンパニーのレジデンス(本拠地となる劇場)に一歩近づいたと思います。

 〈平成元年に17歳で英国ロイヤル・バレエ団の初舞台を踏んで以来、プロのダンサーとして30年間、活動を続けてきた〉

 これだけ長く活動していると、長年応援してくれているファンがいます。サイン会などでその姿を見つけると、「まだ応援してくれているのだ」と目頭が熱くなります。

 人間には「根本的に回帰する原点」が必要だと思いますが、自分にとっては札幌やロンドンで、バレエを始めた頃に自分の原点を置いてきました。熊川哲也というブランド価値はいつも意識しますが、その一方で、常に「車好きな札幌の田舎者」という原点に立ち戻るようにしています。

 バレエは僕にとってライフワークであり、ライフラインです。引退宣言はしません。仮にもう舞台で踊らないと決めたとしても、引退公演はしません。またいつか舞台に出るかもしれませんから。いつまでも一ダンサーでいたいという思いがある限り。(聞き手 水沼啓子)=次回は11日から、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正さん

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