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【朝晴れエッセー】大切な一枚の写真・8月9日

 わが家には大切な一枚の写真が飾ってある。それは、靖国神社をバックに軍服、軍帽姿の父の写真である。父は何度かの召集の末太平洋戦争末期の戦地で患った病気が因で昭和22年40歳の若さで亡くなった。

 当時、私は生後8カ月で父の思い出はない。母は「お父さんは死ぬ間際までお前を横に寝かせていたよ」と言っていた。私が成人するまでわが家には父の写真が一枚もなく、父の容貌を想像することもできなかった。母や近所の人からは「お父さんの顔を見たかったら、お兄ちゃんの顔を見とき」とよく言われた。

 私が大学生のとき、母が、靖国神社の大祭で、戦死者(私の父は戦病死として靖国神社に祀(まつ)られている)の写真を使い、靖国神社を背景にした新たな写真を作ってくれるということを聞いてきた。しかし、わが家には父の写真はない。母がかつての父の戦友を訪ねて、やっと一枚の写真を借りてきた。それは父が入院していた陸軍病院で写した写真で、100人以上の患者が白い入院服を着て軍帽を被(かぶ)った写真であった。

 母は「ここにお父さんが居るで。わかるか」と言ったので、私は一人一人を目で追った。すると、3段目の中ほどに兄と生き写しの人がいた。私は「この人がお父さんか」と言うと母は「よくわかったね」とほほ笑んだ。私が初めて父と対面した瞬間である。

 残念ながら私は父とは似つかない顔立ちである。父とそっくりな兄は父と同じ40歳でこの世を去った。兄が最後に発した言葉は「お父さん」だった。

内田賢二 73 大阪府吹田市

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