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【話の肖像画】バレエダンサー・熊川哲也(47)(7)「完璧という領域」目指し 

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ロイヤル・バレエ団を退団した5人のダンサーとともに「Kバレエ カンパニー」設立発表会見に臨む(右から3人目)=平成11年1月(大西史朗撮影)
ロイヤル・バレエ団を退団した5人のダンサーとともに「Kバレエ カンパニー」設立発表会見に臨む(右から3人目)=平成11年1月(大西史朗撮影)

 〈平成10年、英国ロイヤル・バレエ団を退団し、翌11年に「Kバレエ カンパニー」を旗揚げした〉

 ロイヤルを退団したとき、国内では「新国立劇場バレエ団」もすでに創立していましたし、日本バレエ界の重鎮、佐々木忠次さんが創設した「東京バレエ団」もありましたが、移籍することはまったく考えませんでした。

 「熊川哲也」というブランドで売れるという、自分のマーケットが分かっていましたから。それにもっと大きなビジョンもありました。日本を代表するプロフェッショナルなバレエ団を作り、最高の舞台で観客の皆さんに喜んでいただくということです。

 カンパニー設立までの1、2年は、東京とロンドンを行き来する日々が続いていました。英国では10年間、バレエ漬けの毎日でしたから、失った青春を取り戻す感じで日本に戻ってくると恋愛もしたし、芸能人に連れられて六本木辺りで夜遊びをしたりしていましたね。当時は26、27歳。背伸びをして、自分の権利とかを主張する年齢になっていましたから。刺激の多い東京という街に、スポイルし(台無しになり)かけました。

 〈ロイヤル・バレエ団退団前の8年から10年にかけて、毎年夏のオフシーズンに、日本で自身のプロデュース公演「メイド・イン・ロンドン」を行ってきた。この活動から得た確かな手応えが、Kバレエ カンパニー設立を後押しした〉

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