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【話の肖像画】バレエダンサー・熊川哲也(47)(6)ロイヤルから外の世界へ

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英国ロイヤル・バレエ団の公演で、超絶技巧の連続「ラプソディ」を踊る (c)Leslie E. Spatt
英国ロイヤル・バレエ団の公演で、超絶技巧の連続「ラプソディ」を踊る (c)Leslie E. Spatt

 〈平成3年、19歳で英国ロイヤル・バレエ団史上最年少でファースト・ソリスト、その2年後、最高位のプリンシパルに昇格した。入団して4年2カ月の異例のスピードでの昇格だった〉

 嫉妬に基づく差別的な発言は、当時は今よりも自由で直接的でしたから、たくさんあったと思います。ただもともと前向きで、何かに対して気に病んで落ち込むタイプではなかったので、その性格が功を奏したのだと思います。

 当時、先の大戦の戦争経験者は60代ぐらいになっていて、日本軍の捕虜になった英国人もいるわけですから、反日的な思いを抱く人もいたかもしれません。ただ直接、日本人として嫌な思いをしたことがなかったのは、ロイヤル・バレエ団のファミリーに守られていたからだと思います。

 それに当時、日本はバブルの全盛期でしたから、日本の製品が世界を席巻していて、強い発信力があった。ロンドンの繁華街ピカデリー・サーカスの広場のネオンサインはトヨタやソニー、パナソニックといった日本企業のロゴで埋め尽くされて、日本人として誇らしく、日本は敗戦国ではありますが経済では圧倒していると感じられました。

 〈9年7月、ロイヤル・オペラハウスが改築工事のため閉鎖された。その前年からシーズンオフに、自身のプロデュース公演「メイド・イン・ロンドン」を東京や大阪などで上演。翌10年10月、ロイヤル・バレエ団を退団した〉

 退団するしばらく前から、新たなバレエ人生に挑戦すべき時期を迎えていることを痛感し、ロイヤルから外の世界へ巣立つ覚悟を決めていました。そのタイミングを入団から10年という節目を迎えたときか、歴史が刻まれたロイヤル・オペラハウスが取り壊されるときか、あるいは入団以来、一緒に仕事をしてきた芸術監督が引退するときか、のいずれかと決めていました。結果、オペラハウスが改装工事に入り、10年の節目も迎えた年に退団を決意しました。

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