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【本郷和人の日本史ナナメ読み】困った講演依頼(上)「大胡の牧野氏」とは何者か

 見てくれが悪いのはいやというほど自覚しているので、性格では好印象をもたれたいと願い、努力もしているつもりです。その一環として、依頼していただいた講演はなるべく快くお引き受けするようにしています。ぼくの話を聞くことで日本史好きな方が一人でも増えれば、研究者としてはこんなうれしい話はありません。

 この講演、研究発表とは違う。調べてきた歴史的な事象について、ただ平板に話せばよいというものではありません。起承転結とはいかぬまでも、聴衆の皆さんに「おー」とか「へー」とか言ってもらう、「聞かせどころ」を用意しなければならない。でも、ぼくは長いこと日本史研究に従事していますので、そんな講演ネタをいくつかは持っています。

 いやしかし先日の講演には往生しました。「大胡(おおご)城と牧野氏」というタイトルで話してくれ、というんです。こうしたネタは多少は融通が利くのが普通なので、安易に引き受けてしまったのが間違いでした。上野(こうずけ)の大胡(現前橋市大胡地区)というと…。たしか剣聖・上泉(かみいずみ)伊勢守信綱は確実な歴史資料だと「大胡武蔵守秀綱」と出てくるんじゃなかったっけ。『寄生獣』『ヒストリエ』の岩明均先生の『剣の舞』という名作もあるし。彼のことを話してよいですか? 「いえ、あくまでも牧野氏で」。はあ。譜代大名の牧野氏というと、越後・長岡城主として栄えますよね。司馬遼太郎先生の『峠』に言及しながら、幕末の北越戦争と牧野氏はいかがですか? 「いや、あくまで上野の大胡で」。えええー。そんなごむたいな。どんだけピンポイントで困難なネタをリクエストしているのか分かってるのかなー???

 しようがない。牧野氏のことを調べました。牧野康成という武将が徳川家康に仕えていて、家康が関東に封じられたときに上野・大胡城2万石を与えられた。それで同氏は大坂の陣の後に越後・長岡6万石に加増される。旧牧野領は前橋城主だった酒井忠世に与えられ、大胡城は廃城となる。うーん、この話のどこに「聞かせどころ」を設定すればよいのやら。皆目見当が付かん…。

 まず牧野氏ですが、同氏は阿波民部大夫(みんぶだゆう)・田口成良(しげよし)(重能とも)の子孫を称していた。成良は源平争乱期の人です。四国随一の勢力を誇り、平家の長年の忠実な家人であった。都落ちしてきた平家を四国に迎え、讃岐の屋島に強大な平家の根拠地を築きました。ところが源義経の奇襲で屋島は陥落。壇ノ浦の決戦では300艘(そう)の軍船とともに源氏に寝返り、平家滅亡を決定づけた人物です。木下順二の名作戯曲『子午線の祀(まつ)り』では平知盛に対峙(たいじ)する副主人公として描かれました。名優・滝沢修による初演舞台(昭和54年)をぼくは観(み)ています。

 成良は滅びますが、その子孫は三河に移り住んで、在地領主化した。阿波から三河へ。おそらくは黒潮にのって移動したのでしょう。似たような動きはたとえば鈴木氏に見られます。紀伊国の藤白(ふじしろ)神社の神主家であった鈴木氏の一流が三河国に移って武士となり、やがて徳川家に仕えて繁栄しました。先日、浜松オートレース場で選手8人すべて鈴木さんという「鈴木選抜」が行われましたが、この楽しいレースは徳川領に鈴木姓が多いことを踏まえての開催だったのです。

 三河に移住した牧野氏は、本拠を牛久保(愛知県豊川市牛久保町)に築きました。『牛窪記』や『家忠日記』などの史料には「牛久保衆」という呼称があり、これは牛久保城主の牧野氏をリーダーとする牧野氏の直臣団や寄騎(よりき)衆(牛久保六騎)、地侍衆から構成されていた武士集団と考えられています。

 あれ? 牛久保衆? どこかで見た記憶があるぞ。そうだ山本勘助だ。武田信玄のもとには牛久保出身の武勇に秀でた家臣団があり、勘助をリーダーとしていた。彼らは「牛久保衆が崩れるときは武田家が滅びるときだ」と豪語していたが、第4次川中島の戦いで、勘助以下が討ち死にを遂げた、という記述を子供の頃に偕成社の子供向けの歴史本で読んだんだ(大林清『上杉謙信』ではないかと思うのだが、まだ調査していません)。今回調べてみたところ、吉川英治『上杉謙信』(昭和17年)にも同様の記述があるようです。現在はあまり知られているとはいえない牛久保だけれど、戦国時代は栄えていたのかな。牧野氏は西三河のこの地を治める領主だったわけです。(次週に続く)

 ■大胡を領した酒井忠世

 1572~1636年。酒井家には「左衛門尉(さえもんのじょう)家」と「雅楽頭(うたのかみ)家」の2流がある。新井白石の『藩翰譜(はんかんふ)』は前者を「武功の家」、後者を「執事の家」と位置づけていて、後者からは大老や老中が出ている。酒井忠世はこの「雅楽頭家」の2代目で、老中、大老に任じて同家の勢力拡大に功績を挙げた人。牧野家が越後に去ったときの前橋藩主で、大胡を領した。

【プロフィル】本郷和人

 ほんごう・かずと 東大史料編纂所教授。昭和35年、東京都生まれ。東大文学部卒。博士(文学)。専門は日本中世史。

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