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【話の肖像画】バレエダンサー・熊川哲也(47)(4)ローザンヌで金賞受賞

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第17回ローザンヌ国際バレエ・コンクールで「ドン・キホーテ」のバジルのソロを踊る=平成元年(瀬戸秀美撮影)
第17回ローザンヌ国際バレエ・コンクールで「ドン・キホーテ」のバジルのソロを踊る=平成元年(瀬戸秀美撮影)

 〈当時、英国ロイヤル・バレエ団にはアジア系の東洋人ダンサーが入団したケースは一度もなく、西洋人だけでダンサーを構成するのが伝統だった〉

 ロイヤルの団員になれるなどということは考えもしませんでした。バレエ学校を卒業したら、コンクールやオーディションを受けて、アメリカのバレエ団に入団できたら、と思っていました。

 当時、ニューヨークのアメリカン・バレエ・シアターの花形ダンサーだったミハイル・バリシニコフに憧れていたこともありましたし、日本のバレエ団に入団するという選択肢も漠然と考えていました。

 〈平成元年1月、第17回ローザンヌ国際バレエ・コンクールに出場し、日本人初の金賞を受賞した。16歳のときだった。ニューヨーク・タイムズ紙は『コンクールのスターは、熊川哲也だった』と報じた〉

 このコンクールは若手ダンサーの登竜門で、賞を取れば奨学金により世界の名門バレエ学校への入学やプロのカンパニーで研修ができる制度を持っています。すでにロイヤル・バレエ学校で学んでいましたが、世界のバレエ界に自分の存在を知ってもらい、新たな道を切り開く、良いチャンスだと思いました。

 コンクールでは、自分の得意なジャンプとピルエット(回転)を存分に見せられる「ドン・キホーテ」のバジルのソロ(1人の踊り)を踊りました。大会のレベルは予想以上に高かったのですが、準決選では禁じられているはずの拍手と歓声が沸き起こり、手応えを感じました。

 〈コンクールのテレビ放映で、解説者を務めていた海外の著名な舞踊評論家は、「回転もジャンプも、非の打ちどころがない」とコメントした〉

 当時、受賞後のテレビ・インタビューで「あの時、ゴールドメダルは取れるとは思っていなかったけど、取ろうと思っていた」と感想を漏らしていますが、今振り返ってもそのときの素直な気持ちをよく表していると思います。

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