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【書評】『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子、堀江敏幸著 別れても交差し続ける愛

『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子、堀江敏幸著
『あとは切手を、一枚貼るだけ』小川洋子、堀江敏幸著

 長かった梅雨時に読んだからではないだろう。どのページにもひたひたと美しく透明な水が絶え間なく流れていた、そういう本だった。

 ともに芥川賞作家の小川洋子と堀江敏幸による14通の往復書簡小説。並んだ2人の名前を見ただけですでに胸がいっぱいになる。それぞれ独自の世界観を確立しているが、詩的な雰囲気はとても似ている。その2人が共鳴し合い、主人公に憑依(ひょうい)するように綴(つづ)っていて、仮に、共作だといわれなかったら1人の作家だと思ったかもしれない。

 「まぶたをずっと、閉じたままでいることに決めたのです」

 --まぶたを閉じて生きると決めた「私」と、視力を失った「僕」はかつて夫婦であった。この2人が手紙をやりとりする中で過去や秘密が少しずつ明らかになっていく。

 なぜ、愛し合っていた2人は引き裂かれたのだろうか。なぜ、私はまぶたを閉じる決心をしたのだろうか。しかし、読者のその疑問はなかなか解決されない。それどころか、核心に触れそうになるとじらすように、さまざまな例え話が差し挟まれる。

 架空の国の切手を作り続けたドナルド・エヴァンズの話から始まり、芸術・歴史・宇宙などと具体的とも抽象的とも取れる話、謎解きに直結するのか否かわからないもどかしい仕掛けがそこここにちりばめられている。

 キーワードとなるのが、「ぼくの小さな姪(めい)っ子」「アンネの日記」「まど・みちおの詩」であろう。それらを手掛かりに衝撃の最終章へと向かう。まど・みちおの「やぎさん ゆうびん」の白やぎと黒やぎの手紙とは違い、堂々めぐりではない。

 はたして、2人が慈しんだ姪っ子の存在、私が編んでいた産着の存在、さらには私と僕の存在、交わされている手紙の存在、それらすべてがどこまでが現実でどこまでが夢想なのか…。もし、本に明確な結論を求めるのであるなら、少し戸惑うかもしれない。

 知らない人とも即座につながれる今の世の中で、これはメールをも超える壮大なラブレターだ。離れていても相手を感じ、相手を深く思い、相手を理解する。この夏、そんな究極の愛を味わってみてはいかが?(中央公論新社・1600円+税)

 評・中原かおり(詩人)

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