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【本ナビ+1】文芸評論家・富岡幸一郎 「スリルの宝の山」に納得

富岡幸一郎氏
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■『ミステリー・カット版 カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー著、頭木弘樹編訳(春秋社・1700円+税)

 19世紀末のロシアの文豪ドストエフスキー。その作品ほど日本人に親しまれてきた外国文学はない。明治に内田魯庵が『罪と罰』の翻訳を出して以来、数多くの翻訳、邦訳全集が出ている。

 でも、その小説を読破した人はどれだけいるだろう。『罪と罰』はまあ何とかいける。しかし『白痴』『悪霊』は、未完の超大作『カラマーゾフの兄弟』は、どうか。

 ここに大胆にも3千ページ以上の『カラマーゾフの兄弟』を222ページにまで縮めた、編訳者の「あとがき」でいえば、「エベレストを高尾山」にしたチャレンジ本が出た。

 名付けて「ミステリー・カット版」。カットの仕方に工夫がある。江戸川乱歩はじめ多くの人に指摘される「ドストエフスキーはミステリーとしても面白い」という点だ。乱歩は「スリルの宝の山」といったが、本書を読めばなるほどと深くうなずくだろう。

 面白い、しかも深い。どうしてこんなことができるのか。ひとつは編訳者の力である。先達の翻訳を参考にし、作品を徹底的に読み込み、父親殺しという長編の骨格を見事に浮き彫りにしてみせる。この大作は、フョードル・カラマーゾフという一代で財を成した怪物的な父親をめぐる兄弟たちの物語であることが明白となる。さらにこれは作者ドストエフスキーの秘密なのだが、「父親殺し」のテーマは小説上の単なる殺人事件ではなく、作家自身の深刻な体験(作家の実父は農奴に殺害されたという説がある)に根ざしているからだ。

 つまり、ある原体験からさまざまな思想や観念が生み出される。これがドストエフスキーの作品世界であり、本書はその真相を伝える。むろん編訳者の願いは、これを機に全編を読んでください、である。

■『ドストエフスキー 父殺しの文学 上、下』亀山郁夫著(NHKブックス・各1160円+税)

 光文社古典新訳文庫で新たな翻訳を試み、日本におけるドストエフスキー・リバイバルを起こしたロシア文学者による本格的な作家の評伝。ただし、普通の評伝や作家論ではなく作家の父親が殺された場所の探索からはじまる本書を貫くのは、ドストエフスキー文学最大のミステリー「父、皇帝、神」の殺害をめぐる作家の内面の秘密である。著者が訪ねるこの「場所」は、現代のわれわれがそこで生きねばならぬ場所である。

【プロフィル】富岡幸一郎

 とみおか・こういちろう 昭和32年、東京生まれ。中央大学仏文科卒。『群像』新人文学賞評論優秀作。関東学院大学教授、鎌倉文学館館長。著書に『内村鑑三』他。

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