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【話の肖像画】マラソンランナー・君原健二(78)(9)

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■3度目の五輪と大型バイク

 〈メキシコ五輪のマラソンで銀メダルに輝いた君原健二は、続く1972年のミュンヘン五輪でもマラソン代表に選ばれた。大役を告げられたのは、開会式の前日である〉

 私は開会式を楽しみにしていたのですが、前日になって「君は出なくていい。待機するように」と言われたのです。与えられた役割は、聖火リレーの最終走者の伴走でした。

 五輪は5つの大陸を表しており、欧州ドイツの最終走者を4つの大陸を代表する選手が伴走し、アジアの代表として私も走ることになったのです。大変光栄でした。開会式で大きな役目を果たしたことで満足し、レースなんてどうでもいいような気持ちになってしまいました。大会中にイスラエル選手の宿舎でテロ事件があり、私は内心、恥ずかしいことですがレースが中止になればいいと思ったのです。そうなれば、あの苦しいマラソンを走らなくてもいいのだと。

 そうはいかずに、1日の延期でレースは行われました。走り出して10キロぐらいで足が重く、きょうのレースはだめだと思いました。ただ心ではそう思っても、肉体があきらめていませんでした。競技場に着いたときには、もう楽をしたいという気持ちでしたが、5位でゴールした後、すぐに2人の選手が飛び込んできました。あのとき楽をしていたら、2人に抜かれていたでしょう。レースは最後まで気を抜いてはいけないと改めて教えられたレースでした。

 ミュンヘンで6位までに入った選手は翌年、ギリシャのアテネマラソンに招待されることが決まっていました。これを最後のレースとして、32歳で競技から引退しました。職場や家庭の犠牲の上に成り立った競技生活でもありましたから。

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