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【彰往考来 新時代のヒストリア】人類の未来とAIの歴史 松原仁・はこだて未来大学教授(5)

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ありし日の作家・星新一。その膨大な作品をデータとして松原仁氏らは人間を超える「AI小説」に挑んでいる=1985(昭和60)年9月
ありし日の作家・星新一。その膨大な作品をデータとして松原仁氏らは人間を超える「AI小説」に挑んでいる=1985(昭和60)年9月
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 〈2000(平成12)年、松原さんは14年間在籍した通産省工業技術院電子技術総合研究所(電総研、現在の産業技術総合研究所)を退所し、公立はこだて未来大学の教授に就任した。「大きな転機だった」という〉

続く転機

 電総研では、良くも悪くもAIの最先端を目指し、新しいことを考えていればよい、という環境でした。もちろん、はこだて未来大学に着任してからも最先端を目指しています。でも同時に、世の中にAIをどう展開してゆくのかを考える意識が高まりました。

 情報科学系の単科大学の教員として、優秀な学生を育てつつ、研究成果を通じて世の中-身近な例でいえば、函館や北海道の生活や産業-をいかにいい方向に変えてゆくことができるか。それが任務であり、使命である。そう感じながらロボカップやコンピューター将棋ソフトの開発にも取り組んできましたが、2010年をすぎたあたりから再び転機が訪れました。

 このころ、長らく務めていたロボカップ日本委員会会長を退き、運営のほうも後輩に道を譲りました。将棋ソフトについては、前回述べましたように2010年、ぼくが事実上の責任者だった「あから2010」が幸運にも清水市代・女流王将(当時)に勝つことができました。また、ぼくが携わらなくても次々と優秀なソフトが開発されるようになりました。

 「電王戦」で将棋ソフトのポナンザ(Ponanza)が名実ともにトップ棋士の佐藤天彦名人(当時)を破ったのは一昨年の17年です。しかしながら、チェスや囲碁などのように大スポンサーがつき、高性能のコンピューターを駆使することができれば、12~13年には同様の結果がでていたことでしょう。学生時代から研究を続けてきた将棋ソフト開発ですが、10年ごろにはそろそろ名人に勝つということがわかってきましたので、個人的には「これで一段落だな」と感じていました。

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