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【話の肖像画】マラソンランナー・君原健二(78)(3)ダイヤの指輪 悲劇の序章

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マラソンランナー・君原健二さん。北九州市の自宅で
マラソンランナー・君原健二さん。北九州市の自宅で

 〈中学で級友の誘いを断れずに始めた陸上競技を、高校でも続けた。3年の時にインターハイの1500メートルに出場したが、予選で敗れた。同じ大会に同学年の円谷幸吉も5000メートルに出場し、決勝に進めなかったことは、後に知った〉

 昭和34年の3月に高校を卒業したのですが、卒業式の直前になっても就職先が決まらず、本当に困っていました。ちょうど毎日新聞が皇太子殿下(現在の上皇陛下)のご成婚を記念して大阪から東京までの大きな駅伝大会を開催することになり、地元の八幡製鉄(現・日本製鉄)も出場することが急遽(きゅうきょ)決まりました。ところが走る選手が足りない。なにしろ卒業式の直前ですから、就職も進学も決まっていない一流選手なんてもういません。落ちこぼれの選手を探して、私が誘われたのです。

 実は私、八幡製鉄の一般の入社試験を受けて落ちていました。走ることに未練なんて全くなかったのですが、そうしたいきさつから陸上競技部に入部しました。当時の八幡製鉄は日本で一、二を争う強豪チームでした。劣等感にしがみついていた私は先輩のような一流選手になれるわけがないと思い、最初は練習にもついていけませんでした。

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