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【朝晴れエッセー】父の指・7月12日

 平成10年10月、父が突然倒れた。脳梗塞(のうこうそく)だった。70歳という年でありながらビールケースを担いでいた、近所でも評判の元気親父(おやじ)だったので、突然のことに家族のショックは大きかった。

 2度目の危篤。病室で父の節くれだった指を見ていたときに、両手の人さし指から中指、薬指が小指側に曲がっていることに私は気がついた。そういえば、父がまだ元気だったころ、晩酌をしながらしげしげ自分の指を見ながら「おれの指は、小指側に曲がってしまっているな」と言っていたことを思いだした。

 毎日毎日重い荷を運ぶことで両手の指がともに小指側に曲がってしまったのだ。そのときは、そんなこともあるかなぐらいに軽く聞き流していたが、実際に父の指を見て、こんなになるまで家族を支えてくれたのだなと、止めどもなく涙が流れた。

 故郷を離れ自由な学生時代を謳歌(おうか)し卒業後の就職先も決まった後、突然、四男でありながら家業の酒屋を継ぐことになった父。しかし、生涯静かに酒屋の親父に徹していた。

 7年間の闘病生活の中、ついに一度も言葉を発することなく父は死んでいった。あのとき、自分の曲がった指を見てどんな思いがよぎったのであろうか。今となってはその深淵(しんえん)を探ることはできない。現在3人の子の父である私は、真っすぐな自分の指を見てはときどき思い返す。

 石井 一司 58 千葉県南房総市

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