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パイプ片手に「だいたいやねぇー」評論家・竹村健一さん死去

講演する竹村健一=平成13年4月9日
講演する竹村健一=平成13年4月9日

 8日に89歳で亡くなった評論家の竹村健一さんは、テレビ番組などでトレードマークのパイプを片手に関西弁で「だいたいやねぇー」と切り込み、現実主義に徹した歯にきぬ着せぬ論客として知られた。

 竹村さんの人生を決めたのは米国留学だった。昭和28年、フルブライト奨学資金を得て米国に留学した竹村さんは後年、「(留学で)何を学んだかと問われれば私は『アメリカ人は弱い者に親切だ』と答える。何よりも私はこれが最も心に焼きついた」と留学時代を振り返った。貧しい国からやってきた留学生は毎週末、米国人家庭に招かれ、夕食をごちそうになった。

 帰国後、英文毎日記者、山陽特殊製鋼調査部長をへて大学教師となった竹村さんは、「メディアはメッセージ」との主張で知られるカナダの文明批評家、マーシャル・マクルーハンのメディア論に出会う。その先見性と価値にいち早く気づいた竹村さんは、彼の思想を解説する『マクルーハンの世界』を42年に刊行し世の注目を浴びた。

 マクルーハンを通してメディアの特性を誰よりも深く理解した竹村さんは、以後半世紀にわたってあらゆるメディアを舞台に活躍、「僕なんかこれだけですよ」「モーレツからビューティフルへ」「デリーシヤス」「だいたいやねぇー」などの流行語を次々と生み出し、メディアの寵児(ちょうじ)となった。

 かつてテレビ番組で竹村さんのアシスタントを務めた小池百合子東京都知事は、サウジアラビア国王の死去について述べようと「ハーリド国王が…」と話し始め、竹村さんに叱られたという。「君はアラブのことを知っているから『ハーリド国王』といえば、すぐにわかるが、視聴者はサウジアラビアという国があって、そこは王制でというところから説明しないとわからない。ただし、説明が長すぎると飽きられるよ」

 メディアを知り尽くす竹村さんらしい叱咤(しった)だった。

 竹村さんの家族によると、80歳で現役引退して以降は、旅行や趣味のテニスを楽しみ、ここ2年ほどは入退院を繰り返していた。家族に見守られての最期だったという。(桑原聡)

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