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【書評】『新訳 夢判断』フロイト著、大平健編訳

『新訳 夢判断』フロイト著、大平健編訳
『新訳 夢判断』フロイト著、大平健編訳

 ■内なる世界への視座養う

 これまで、フロイトの『夢判断』は、興味をそそる内容である上に臨床で経験を積んでいこうというプロフェッショナルにとっては必読といえる書物であった。にもかかわらず、文体は読みにくく、語彙も難解で、特に一般読者には人を寄せ付けない雰囲気に満ちたものだった。

 新訳では、このとっつきにくい『夢判断』に精神科医、大平健先生が細かく注をほどこし、旧版と比べると、かなり親切な設計になっている。

 本書に記述されているような人間精神へのフロイト風分析について、自然科学の見地からはエビデンス(科学的根拠)に乏しいとして棄却すべきだという考え方の研究者も中にはいる。

 しかし、人間の精神とは果たしてそれで説明し切ることができるのか、自然科学のメスによる切り分けられた要素群の集積から、効果的な回復への道程を示せるのかという疑義は依然として存在する。豊富な経験に裏打ちされた大平先生の大胆な新訳は21世紀初頭にいまだ残るこの疑問への有効な回答の一つになり得るのではないかと思う。

 人間の内面に目を向け、丁寧に腑分けしていこうとする試みはフロイトによってその端緒が開かれたと言ってよい。それゆえいまなお彼の著作は、医学から芸術学に至るまで幅広い領域の人々に参照され続けている。

 脳の器質的な機能に関する研究は並行的に進み、損傷研究に始まって、fMRI(磁気共鳴機能画像法)による機能計測の全盛期が訪れた。しかしながら、脳実質(脳の各部位)への知見が蓄積されるほど、人間への理解は果たしてそれで十分なのかという疑念が学者たちの間に芽生えつつある。

 心の状態と脳の状態との間に一定の対応関係はあるが、脳を知れば人間を知ったことになるのか。自然科学そのものにすら閉塞(へいそく)感を覚える研究者たちにとって、本書は自然科学と人文科学を止揚させる試みを通じて新たな気づきをもたらす必携の書となるだろう。

 と同時に、その難解さからこれまで旧版を敬遠してきたであろう一般読者にも、本書は読みやすく、人間の内に広がる世界への視座を養うのにまたとない一冊となっていることを、ここに付記しておきたい。(新潮社・2500円+税)

 評・中野信子(脳科学者)

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